客家(はっか)

客家
 蔡 英文(さい・えいぶん)中華民国(台湾)第14代総統。客家だという。
客家
 本の雑誌16年5月号 沢野ひとしさん
客家
 客家が居住する土楼(どろう)
客家(はっか)
福建にある田螺坑土楼群
客家
 テレ朝系「羽鳥モーニングショー」出演の住田裕子(ひろこ)弁護士に朝から気合を入れられた。舛添氏側弁護士の佐々木善三氏を痛烈批判。「ヤメ検がすべてあのようにいい加減だと思われたら困る」「舛添氏から十分な説明がなされないなら私なら辞任する」恒産なくして恒心なし。女性ならではかも。





  客家(はっか)


 昔から客家に興味がある。5月20日に中華民国(台湾)14代総統になった蔡 英文氏は客家だという。

 民族というのはあいまいな概念であるが、偉大な中国といっても、純粋な漢民族の王朝といえるのは漢、明くらいしかない。われわれが最も華やかで偉大だと思っている隋・唐は鮮卑系である。鮮卑はモンゴル系ともトルコ系ともいわれる。

 客家は、華北を北方系の遊牧民に征服され南に移住した漢民族の子孫といわれている。客家語は古い中国語の発音を残しており、土着の人々からは差別されたため、独特の集団住居に住み、団結心が強く、行動力に富み、反骨精神が強く、教育に熱心である。古くから世界中に移住(華僑)し、東洋のユダヤ人といわれたりもする。

 太平天国の乱の首謀者洪秀全、南宋の儒家朱熹、辛亥革命の指導者孫文、中国改革開放の指導者鄧小平、台湾の李登輝、シンガポールのリー・クワン・ユーなど多彩な人材を輩出している。

 蔡英文氏も、父は4つの家庭を持ち、11人の子供をもち、1人くらい法律家がいるべきだとの父親の考えで、法学部に進んだという。台湾の大学のあと米英の大学院に学んだ。


 蔡英文氏によって客家への興味を再燃させられた時、『本の雑誌』5月号にイラストレーター・エッセイストの沢野ひとしさんが客家について書いた紀行文をみつけた。抜粋してご紹介します。
 


  土楼から土楼へ


 永定土楼から30㌔ばかり離れたところに田螺坑土楼群がある。山の間に咲く「開花した梅の花」の土楼と呼ばれ、その風景は土楼の中でももっとも美しいと言われている。

 田螺坑土楼は比較的新しく1796年に建てられたというが、すでに220年も前である。その間に客家の人々の戦いがいくつもあったにちがいない。そのうち二楼は1936年焼き討ちに遭い、1953年に再建された。

 流浪の民、客家の人々はつねに集団で移動し、住居をかまえてきた。粘土をつき固めた壁は高さ15㍍をこえる堅固なもので、「城壁」である。不測の事態になれば門を閉めて防御できる砦となる

 土着の人々と流民の客家の対立抗争でもっとも激しかったのは広東省南西部における戦いだ。1856年から十数年間に及んだ殺戮戦で、約15万人が死亡。当時の巡撫(じゅんぶ:地方長官)が土着民と客家の住居地を区分した。

 どこに行っても新参者の客家たちは、土着民から山間部の辺鄙な場所に追いやられ、盗賊たちの襲来に備えなくてはならなかった


 私が感心したのは、土楼の中に整然と秩序が保たれていることだ。共用の空間など、現在の団地やマンションよりもきれいに片づいているかもしれない。

 客家人には伝統的な一族の規範があり、土楼の石碑にもいくつかの禁止事項が刻まれている。「祖堂にゴミは厳禁、廊下で水浴びや、軒先にものを立てかけたりしてはならん。浴室や家畜小屋を勝手に造るな。外側の空地に見通しを悪くするような便所を造ってはならん」。清代の1792年にすでにこのように刻まれていた。

 世界遺産に登録されてから、この一帯も一気に観光ブームになって、連日観光バスが押し寄せてくる。


 田螺坑土楼から5㌔ほど離れた下版寮村に裕昌楼(ユーチャンロウ)がある。ここは内部の柱が傾いたまま六百年間均衡を保ち、現在も暮らしている人がいる。「東倒西歪楼」(東に倒れ西に歪んだ楼)と言われる五階建ての土楼だ。
 柱は傾いたままだが、外はどっしりとしている。

 それにしても土楼はしぶとく強い。現代の中国の建造物の寿命はたかだか平均30年と短い。施工ミスや建造物の基盤が弱く、ビル倒壊が後を絶たない。さらに計画に展望性が欠けているせいで、15年も経たないうちに高層ビルが取り壊される。

 鉄筋の入ったコンクリートの建物が、なぜそんなに弱いのか私には理解できない。それにくらべ、土と砂をもち米のとぎ汁と砂糖水で練り、そこに木くずや竹を入れた土楼が何百年と持ちこたえているのだ。

 そういえば幼い頃に自分が住んでいた家の壁は土であった。左官屋さんは土と海藻を煮込んだものを混ぜ合わせ、そこに藁を入れ、南京袋を切り刻み、竹で編んだ壁に塗り込んでいた。最後に白い漆喰を何度もコテで撫でていた。

 土楼を造った材料はすべて、自然に戻り、土に還っていくものばかりだった。


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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