本当の「中国史」③

本当の「中国史」③
 文藝春秋SPECIAL 2016年夏号
本当の「中国史」③
 (WAC)
本当の「中国史」③
 (李白社)
本当の「中国史」③
 (西沙諸島)隣接諸国と領有権で争いがあるが、勝手に軍事基地化を進めている。国際仲裁裁判所の裁定も無視。「昔から中国のものだ」と主張。
本当の「中国史」③
 ショッピングセンター脇の坪単価50万円の田んぼでも田植えが始まった。





 本当の「中国史」③


 続きです。


 「正史」というフィクション


岡田 シナの人々の歴史観は、われわれとは違う、とお話ししましたが、それを象徴するキーワードは「正統」です。その原型となったのは、前漢の武帝の時代、司馬遷が著した『史記』(前91年頃完成)でした。これはシナで初めての歴史書で、その後の漢人の歴史観を決定づけたといえます・。

 司馬遷が歴史記述の軸としたのは、「天命」です。黄帝(こうてい)以来、天から「天命」を授かることで「天子」となり、天下を納めることができる。その天命が代々の天子に受け継がれていくことを、「正統」といいます。

 もし王朝が「天命」を失えば、別の人間が天命を授かり、新たな天子となる。命が革(あら)たまる。すなわち「革命」です。これを繰り返すことで、歴史は進んできた。

 ここで司馬遷が言いたかったのは、いまシナを支配している漢の武帝こそ「正統な天子」だ、ということ。つまり、歴史とは、権力の正当化のために書かれるものだ、というのが、漢人の歴史観であり、これを踏襲したのが「正史」でした。

 この「正史」とは、新しい王朝が、自分の正当性を証明するために、前の王朝の歴史を書くものです。そこには、必ず一定のパターンがあります。

 まず王朝の始祖は必ず徳と力を兼ね備えた素晴らしい指導者です。代を重ねるごとに、おかしな皇帝もあらわれるようになる。ついには天命を失って、次の王朝に移る。末期の皇帝たちはほとんど悪しざまに書かれています。そうでなければ、政権を奪った自分たちの正当性が示せないからです。

 だから、「正史」のストーリーは基本的に同じです。シナ的な歴史観からすると、天下の法則は不変ですから、『史記』どおりに書かなくては、王朝の正統性が揺らいでしまう。その結果、彼らは「史実」、実際に起きた事柄や時代の流れよりも、古代シナの正統概念に合致させることを重視しました。『史記』のつくった枠組みに収まるように、「史実」を取捨選択したり、都合よく改竄、歪曲するのは当たり前のこととなったのです。

宮脇 正史といえば、中華民国では「清史稿」までで終わっていて、清朝の正史はまだ作られていません。そこで、10数年前、江沢民の時代に、国家プロジェクトがスタートしました。正史をつくることは、自分たちがシナの正統な後継者であると宣言することですから、中国政府の威信をかけて始めたのですが、厖大なお金と人を投入しながら、停滞してしまっている。

 それに腹を立てているのが、習近平の一番の側近の王岐山(おう・きざん)なのだといいます。去年4月、この王岐山が突然、座談の席で、岡田の著書を持ち出し、高く評価したのです。私たちもびっくりしました。

岡田 中国人の発言には常に政治的な意図が秘められているものですが、今回の発言がどういう意図なのか、私にもよく分かりません。清朝は中華帝国ではないという私の主張など、彼らには困るはずなのですけどね。

宮脇 これまで中国の指導者たちは、歴史をいいように利用してきましたからね。いずれ、かのモンゴル帝国の広大な版図は、すべて歴史的に中国のものだと言い出しかねない。そうなると、今のモンゴル国もロシアもみな中国になってしまいます。もしかすると、王岐山が岡田のモンゴル史を愛読しているのは、そうした未来に備えてのことかもしれません(笑)。


つづく


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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