本当の「中国史」⑥

本当の「中国史」⑥
 文藝春秋SPECIAL 2016年夏号
本当の「中国史」⑥
 高松で数少ない人口増地域である多肥(たひ)地区に岡山・広島のスーパー「エブリィ」が8月に初進出。生存競争はますます厳しくなる。
本当の「中国史」⑥
 近くの地場スーパーは店舗改装で迎え撃とうとしている。「マルナカ」(現在はイオン傘下)。
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 もう一つの地場スーパ「マルヨシセンター」は全面改装。香川は全国有数のオーバーストア状態であるが、生き残るためにやらざるを得ない。
本当の「中国史」⑥




 本当の「中国史」⑥


 続きです。


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宮脇 清朝に決定的なダメージを与えたのは日清戦争(1894年)でした。同じ中華文明に属するしかも辺境の東夷にすぎないと思っていた日本が、わずか30年で近代化をなしとげ、李鴻章(りこうしょう)率いる北洋艦隊を完膚なきまでやっつけたのですから。


 「日本化」した近代中国


岡田 私の考えでは、ここからが、今に続くシナ史の第5期です。清朝は急いで日本に大量の留学生を派遣するようになります。距離的にも近いし、西洋文明を吸収・消化して、漢字に置き換えてくれたので、学びやすかった。

 ただ、そのために、このときからシナは圧倒的な日本文明の影響下に入ります。シナ文明が変わるとき、必ず言葉が変わる。最後のキーワードは「日本化」です。

宮脇 ためしに現代中国語の辞書を見ると、ありとあらゆる言葉が日本語由来であるのに驚きます。「時間、空間、作用、方式、本質、科学、仮定、概念、主観、思想、理念、社会、関係、基準、単位」など、ものを考える基礎となる言葉がそもそも日本製。「会話、常識、集団、不動産、石油、銀行、手続」など、日常生活で不可欠な言葉もそこに含まれます。従来の古典から抜き出してきた漢文では、近代の事象を表現できなかったのですね。

 しかし、中国人はどこまでも自己中心的で、時の大臣は、日本人は30年かかって欧米の文化を漢字に翻訳してくれた、我々はそのいいところだけ取れるから、2年の勉強で日本を追い抜ける、と書き残しています。この発想は、新幹線技術と同じで、何から何まで日本から学んでおきながら、堂々と自分たちの特許だと言い張る。

岡田 自前で思考し、それを表現することで、さらに思考を深めていく、という作業がなされてこなかった弊害ですね。そのおおもとは、話し言葉と乖離した言語、漢字にあるのです。

 話し言葉と切り離されているということは、自分の生き生きした心の動き、細やかな感覚を表現できないということでもある。日本に留学した中国人の中には、そこに気がついた天才もいました。魯迅(ろじん)です。彼は、中国人も日本人と同じように、従来の漢語とは違う、話したように書ける言葉を持たなければいけないと考え、白話文(はくわぶん)を創造しました。
 1918年に発表された「狂人日記」は、魯迅が一度日本語で考えた文章を漢文に移すことで、漢語による口語文を達成したのです。
 つまり、近代中国語は、語彙の上でも、文体の面でも、日本語の影響を決定的に受けた「日本語化された中国語」なのです。

宮脇 それにしても、近代中国が日本から取り入れたものは大きいですね。辛亥革命の際、革命軍を指揮した指導者の多くは日本で留学していたために、命令などを伝達するのに、各地の話し言葉では通じないというので、日本語を共通語にしていたそうです。

 蒋介石も日本陸軍に在籍し、日本軍の兵営生活を中国でも軍事教育の根幹にしたい、と述べている。いまなお、日本から工業技術や生産管理など様々なことを輸入しているのに、当の中国人は、もうライバルはアメリカだけ、日本など眼中にない、と意気盛んです。

岡田 そうした言語操作で優位に立ち、現実以上に自分を大きく見せる中国のやり方は、シナの歴史を通じてあらわれる彼らの得意技だといっていいでしょう。しかし、その都度、北方の遊牧民や日本のような、現実を重んじる文化に遅れを取ってきた。それがシナの歴史の正体でしょう。

 重要なのは、われわれ日本人が中国の概念操作に惑わされないことです。事実とは何か、深く追究し、それに基づいて対応する。だから、日本人は今こそ本当のシナの歴史を知るべきなのです。


 (インタビュー・構成 島津 弘章さん)

 
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(感想・意見など)

 日清戦争後は上記の通りである。

 日本は1945年、先の大戦に敗れ、米軍による空襲で主要都市は焼け野原になった。30数年後その日本に中国の指導者・鄧小平が訪れた(1978年)。新日本製鐵、日産、松下電器の工場を訪れ、新幹線に乗って、30年前同じような状態にあった両国の違いを目の当たりにし、この途しかないと「改革開放」を決意した。日本も支援を要請され、こころよくそれに応じた

 
 日本の東洋史学は間違っている。例えば、シナの歴史を正しく知るためには、漢字で書かれたもの(「正史」など)だけでなく、モンゴル語、満州語、チベット語、ベトナム語、日本語などで書かれたものも調べる必要がある。岡田英弘さん、宮脇淳子さんなどはそれが出来た数少ない真正の学者である。


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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