『照降町自身番書役日誌』

『照降町自身番書役日誌』
 江戸の町政がよく分かる本。シリーズ全巻読んでしまった。
『照降町自身番書役日誌』
 左:自身番、右:木戸番
『照降町自身番書役日誌』
 馬喰町(ばくろうちょう)の例。自身番、床屋、木戸番、町木戸が並んでいる。
『照降町自身番書役日誌』
 江戸ものMOOK





 『照降町自身番書役日誌』(てりふりちょうじしんばんかきやくにっし)


 数日前に山本博文さん監修の『江戸「捕物帳」の世界』(祥伝社新書)を抜粋しながら江戸町民の統治機構について勉強した。

 その後、角川文庫で今井絵美子さんの『照降町自身番書役日誌』シリーズを見つけた。第1巻『雁渡り(かりわたり)の第一話を抜粋してご紹介します。


............ ...........


 石町(こくちょう)の鐘が六ツ(午後6時)を知らせた。

 「仙のやつ、遅れやがって」
 ちらと腰高障子を見やった(書役の)喜三次に、店番(たなばん)の寅蔵が声をかけてくる。

 日本橋北内神田(にほんばしきたうちかんだ)の堀江町、小舟町、小網町の三町は、雪駄屋、下駄屋、傘屋が軒を連ねていて、一方は晴天を、また一方は雨天を好むので、通称照降町(てりふりちょう)と呼び、堀江町と小舟町の間にあるこの自身番も、誰が言うともなく、照降町自身番と呼ばれるようになったのである。

 日中は大家書役差配など、常時4,5人は詰める自身番も、夜になると、店番2人に委せられる。

 が、何事かあれば呼び出しがかかるので、喜三次としても常に気は抜けなかった。


 自身番の腰高障子が軋むように開いた。
 仙三である。
 「遅くなりやんした」

 その脇に、5歳ほどの女の子が1人、尻っ端折り(はしょり)した仙三の唐桟(とうざん)をしっかと握っている。

 「どうした」
 「へえ、それが……」
 「あっしにもわけが解らねぇんで……。思案橋を渡ったところで、三十がらみの女ごがこの娘(こ)を預けて姿を消しちまいましてね……」


 「とにかく、銀造親分に知らせなくてはならないだろうな。仙三、悪いけど、住吉町までひとっ走りしてくれないか」
 「へっ、ようがす。けど、書役さん、退けの時刻はとっくに過ぎたというに、帰らなくていいんですか」
 「良いも悪いもあるものか。拐(かどわ)かしとすれば、これは事件だぜ」
 「合点!」
 仙三が勇み込んで飛びだしていく。


 木戸番小屋自身番の向かいにある。
 その隣が髪結床。髪結床の灯りは既に消えているが、木戸番小屋は木戸の閉まる四ッ(午後十時)まで、灯りを消すわけにはいかなかった。

 俗に番太郎と呼ばれる木戸番の伊之吉が、木戸の開閉、火の見番、盗人番(ぬすっとばん)町内への触れなどの雑務を務め、女房のおすえが店先で雑貨や駄菓子、焼き芋などを売っているのである。

 「おや書役さん、その娘(こ)は」
 おすえは目を瞠(みは)ったが、喜三次が簡単に事情を説明し、握り飯でも作ってほしいと頼むと、可哀想に、おやすいご用だ、と胸を叩いた。

 だが、女の子の目は、おすえがたった今壺から上げたばかりの、焼き芋に据えられている。
 「そうか、おまえ、焼き芋が食いたいのか」
 喜三次がそう言うと、女の子はこくんと頷いた。
 円(つぶ)らな瞳に、光が戻っている。

 「おやまっ、焼き芋でいいのかい。有り難いね。小母ちゃん、握り飯を作る手間が省けちゃったよ」
 おすえがアッハッハと甲高い声で笑った。
 つられて、女の子もくすりと笑う。


 住吉町の岡っ引き銀造親分が下っ引きの松助と文治を連れて現れたのは、六ツ半(午後七時)を少し廻った頃だった。
 「へっ、可愛い顔をして、眠ってやがる」

 「だが、妙ですなあ。拐かしとしても、せっかく拐かした娘を、女がこうあっさりと手放すものですかね」
 そう言ったのは、大家の惣右衛門(そうえもん)である。
 惣右衛門も、もう一人の大家利兵衛も、知らせを聞いてすぐに駆けつけてきた。

 「いずれにしたって、今宵のことにはなるまいて。明朝一番、各自身番に触れを出すとして、はて、他の縄張りはどうしたものかの」
 「それは定廻り同心(じょうまわりどうしん)の佐伯さまに相談したうえで……」
 喜三次の言葉に、銀造親分も、そうだの、と頷いた。


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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