ジンケン派とは?

ジンケン派とは?
 高木健一弁護士。サハリン残留韓国人訴訟をでっち上げた。ジンケンが目的?補償金が目的?売名が目的?反体制活動の一環?わけが分からない。
ジンケン派とは?
 戸塚悦朗弁護士。国連人権委員会に日参し、日本のあることないことを告げ口した。本人も言っているが、「その内、国連が食いついてきたのが『性奴隷』の話です」。
ジンケン派とは?
 福島瑞穂弁護士。朝日記者の松井やよりなどとタッグを組み、韓国で元慰安婦のおばあさん達にシナリオを吹き込んだ。おばあさんたちの身の上話はその都度変わっている(何が本当か?)。
ジンケン派とは?
 故・松井やより朝日新聞記者。事実なら何ら問題はない。嘘と知りつつ目的(共産主義化?)のためには手段を択ばないことが問題。共産主義はこの百年で多大な犠牲を出しながら破綻しているし。
ジンケン派とは?
 本多勝一元朝日新聞記者。『中国の旅』などに、中国のプロパガンダを言われるままに何の検証もせずに書いた。中国の反日記念館に「本多勝一先生のコーナー」ができている。本多は、1975年以降、人口800万人足らずのカンボジアで、毛沢東思想の影響を受けたポル・ポト派が100万~300万人の自国民を虐殺した「キリング・フィールド」を否定した報道をしていた.1985年になってやっと事実(虐殺)を認めた。
ジンケン派とは?
 PC-DEPOT高松東バイパス店。
 PCデポの商法が問題になっているが、現場の問題ではなく、本社マネジメント層の問題。ケーズのFC店の時代は良かった。直営店になってから非常にがめつくなった。
ジンケン派とは?
 久しぶりの本格的な雨で香東川はこの通り。





 ジンケン派とは?


 ジンケン派とは、真正の人権派と、反体制派の隠れ蓑のジンケン派があるようである。韓国でそれは顕著。韓国の反体制派の隠れ蓑としてのジンケン派は、北朝鮮のシンパ、スリーパーあるいはスパイであることが多い。「韓国挺身隊問題対策協議会」は典型。韓国社会のあらゆるところに入りこんで、韓国社会を揺さぶっている。人民2百数十万人を餓死させても核開発に突き進むあの残虐な北朝鮮がジンケン派とは笑わせるが、対岸の火事と笑って済ませることもできない。


 先日、ブログに載せた月刊WiLL2016年10月号、呉善花(オ・ソンファ)・拓殖大教授と元朝日新聞記者でジャーナリストの前川惠司さんとの対談で下記のような内容があった。


前川 「慰安婦」は、日本のメディアなどが勝手に騒いで火をつけたところがあります。日本の場合、市民活動家の存在が大きいのです。それまで韓国人原爆被爆者やサハリン残留韓国人問題を取り上げていましたが、それが終わり、次は何かということで、「慰安婦問題」が取って代わったのです。国内の反体制運動も一時の力がなく、目標を失っていましたから。


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 このところ、私のノートパソコンの調子が悪い。ネットになかなか繋がらない。いま問題のPC-DEPOTに持っていったが直らない。5回ほど電話サービスにかけても繋がらない。話はそれるが、PC-DEPOTは以前に比べてがめつくなっている。PC1台で契約をしたかったが、最低3台だと言われたし、電話サービスもつながらないし。ケーズデンキのFCだったころは良かった。

 それで、ガチャガチャやっていて、池田信夫さんのブログのコピーを見つけた。2016年7月27日分を抜粋してご紹介します。

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 サハリン残留韓国人は高木健一に政治利用された



 高木健一弁護士が「慰安婦の強制連行」という作り話を最初に持ち出したのが、このサハリン残留韓国人訴訟である。そのおかげで赤十字などの行なった韓国人の帰国交渉は妨害され、彼らは80年代までサハリンに抑留された。もちろん高木の訴訟はすべて敗訴し、彼もその事実を法廷で認めた。

 それよりも重大なのは、この「戦後補償」をでっち上げるために「慰安婦の強制連行」なるフィクションを作り上げ、その「証人」として吉田清治を法廷に出したことだ。このとき高木などの弁護団の筋書き通りに「慰安婦狩り」を証言した吉田は、その後も同じ嘘を繰り返し、それが朝日新聞などに報道されて、事実無根の「性奴隷」騒動が始まったのだ。



 終戦直前にソ連軍がサハリンを占領したとき、現地に住んでいた日本人と朝鮮人を抑留した。当時、約4万人の朝鮮人がサハリンにいたが、ソ連と韓国は国交がなかったため、その帰還をめぐって各国政府や赤十字がソ連と交渉していた。

 そのとき高木などが起こしたのがサハリン訴訟である。これは「日本軍が韓国人をサハリンに強制連行したので、彼らの帰国費用を日本政府が負担せよ」という請求だったが、そんな事実はない。朝鮮人は募集に応じてサハリンに渡り、彼らを抑留していたのはソ連なのだから、日本政府が受け入れを表明しても帰国できない。

 この荒唐無稽な主張を裏づける証人として登場したのが「吉田清治」だった。これは彼の本名ではなく、国籍も不明だ(韓国人という説が強い)。彼は1982年9月30日にサハリン訴訟で、「済州島へ行って204人の若い女性を連行し、サハリンにも送った」と証言した。これが彼が「慰安婦の強制連行」という嘘(のちに吉田も認めた)を証言した最初である。

 吉田は1977年に出した『朝鮮人慰安婦と日本人』という本では「韓国人をだまして慰安婦にした」と書き、サハリンの話は出てこないが、この訴訟で初めて慰安婦をサハリンに強制連行したと証言した。彼以外に同様の加害者証言は今日に至るまで一人もないので、これはサハリン訴訟の筋書きにあわせて弁護団が彼を誘導したものと思われる。

 その証言が1983年の『私の戦争犯罪』という本で詳細に書かれ、それまで歴史に存在しなかった「慰安婦狩り」が騒がれ始めた。そして吉田の嘘を朝日新聞が報道し、日韓関係をめちゃくちゃにしたが、朝日は主犯ではない。この壮大な嘘を作り出したのは、高木が弁護人をつとめたサハリン訴訟だったのだ。


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(感想・意見など)

 事実経過としてはそういうことである。こういうわけの分からないジンケン派はうじゃうじゃいる。

 それにしても、朝日新聞は20数年間もウソを書き続け、やっと1997年に自社の記者を済州島に派遣、誤報であることを知りながら17年間頬かむりを続け、、2014年8月にやっと誤報を認めた。しかし、なおも「人権上問題があることに変わりはない」と強弁し続けている。

 先日亡くなった朝日新聞の若宮啓文(よしぶみ)元主筆は、2013年に『新聞記者』(ちくまプリマー新書)で慰安婦問題についてこう書いている。〈朝日新聞も慰安婦問題を熱心に報じた時期があった。中には力ずくの『慰安婦狩り』を実際に行ったという日本の元軍人の話を信じ、確認のとれぬまま記事にするような勇み足もあった

 吉田清治が「元軍人」だったという証拠はない。得体の知れぬ人である。それなのに「元軍人」と書いている。何度もおかしいと指摘を受けながらも、20数年間も確認のとれない嘘を何度も何度も書き続け、日韓関係をメチャクチャにしながら、わがことになると、単なる「勇み足」で済ます。主筆といえば、編集・論説の統括責任者である。なんという新聞社!


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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