島から未来をつくる

島から未来をつくる
 朝日新聞16年10月1日
島から未来をつくる
 (文・依光隆明さん、写真・山本和生さん) 
島から未来をつくる
 島根県壱岐諸島の位置。海士町(あまちょう)は中ノ島にある。
島から未来をつくる
 海士町の生き残り活動には関心をもっていて、過去ブログでもとりあげたことがある。
島から未来をつくる
 稲刈りの真っ最中。手前の田んぼは雑草を生やしているだけ。あと10年くらいで日本の農業はガラリと変わりそうである。





 島から未来をつくる


 北海道の夕張市と並んで私が関心をもっている自治体が島根県海士町(あまちょう)である。海士町は島根半島の沖合60㌔ほどの日本海に浮かぶ隠岐(おき)諸島のうち中ノ島にある。

 隠岐といえば約800年前の承久(じょうきゅう)の乱で敗れた後鳥羽上皇が配流されたことで有名である。境港から高速船で2時間、フェリーだと最短で3時間かかり、日本海が荒れる冬には高速船は運航されず、フェリーも減便あるいは休航となる。

 この海士町で、さまざまな人が島の生き残りをかけて奮闘中である。そのひとりが10月1日の朝日新聞beに載っていた。「巡(めぐり)の環」代表 阿部 裕志(ひろし)さん(37)。愛媛県新居浜市生まれ。京都大工学部・同大学院を経てトヨタ自動車に入社。2007年に退社し島根県海士町に移住。


 朝日新聞10月1日「フロントランナー」を抜粋してご紹介します。


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 島から未来をつくる


 素潜り漁を終え、田んぼを貫く一本道を通ると心が躍る。この風景を残したい、と思う。
 島根県沖に浮かぶ壱岐諸島の一つ、中ノ島。

 田を残すには生産者の収入を増やす必要がある。アイガモ農法の無農薬米をつくってもらい、全量引き取って売ってきた。今秋には生産組合を立ち上げ、岩ガキの殻と隠岐牛の堆肥を使った減農薬の「本気米(ほんきまい)」もつくって売る。

 傍(かたわ)ら、未来のことを考え続けている。現代社会が突き進む先とは違う、もう一つの未来。
 内なる疑問が膨らんだのは20代の後半だった。

 トヨタ自動車のエンジニアとして、世界最速の無人化ラインを設計していた。158ある部署の中でも最も忙しく、やりがいがあると思っていた。休日は自然の中に出た。マウンテンバイクに乗り、「ああ楽しかった」と家に帰ってビールを飲む。そのとき、決まって浮かぶのがこの言葉だった。
 「で、それでいいの?」

 いい給料をもらい、遊ぶためだけに田舎に行く。お前はそれでいいのか、と。浪人時代から人と自然、社会を考えていた。「持続可能な社会」を探っていた。

 ちょうどそのころ、中ノ島を知った。島一つで海士町という自治体をつくっていた。
 初めて海士に来たとき、ここに住むと直感した。
 「一緒にやっていける、っていうワクワク感というか。それ以外は後付けの理由かな」

 2008年1月に移住した。カローラ1台が50秒でできる「自動化ライン」の完成直後だった。

 仲間と株式会社を設立し、田舎ベンチャーと定義した。社名は「巡の環(めぐりのわ)」。やろうとしたのはもう一つの未来をつくることだ。
 ヒントは、海士という社会の小ささにあった。


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 「社会のことを自分ごとに」


 島根県海士町の小さな港。阿部さんは、自身の船をここにつないでいる。沖に出て素潜り漁をし、とったサザエやアワビを出荷する。仲間と一緒にコメもつくっているから、農業者でもある。町の人口は約2400人。一つの島に全員が住む。

 「僕、チェーンと呼んでるんですけど、自分がやったことが、どう自分に返ってくるのかっていう連鎖。海士はこのチェーンがすごくちっちゃいんです。だから島全体のことが、自分ごとになりやすい。社会のことを自分ごとにできる」


 危機が町を変えた

 自分のしたことが、社会にすぐ跳ね返る。それは巨大都市と正反対の位置にある。正反対だからこそ、現代社会が進む先とは違う「もう一つの未来」が見えてくる。

 海士の場合、「自分ごと化」のきっかけは阿部さんが来る前、2004年にあった。そのとき町財政は、赤字転落への崖っぷち。年頭、山内道雄町長(78)は町長給与の30%カットを宣言する。

 ある夜、残業中の町長に町幹部から電話がかかる。指定の店に行くと管理職全員がそろっていた。「僕らの給料も下げてください」と頼む彼らに「やかましい。お前らには求めんて言うただろう」と答えた。

 翌日。町長室に総務課長が来て、「本気です。僕たちにもついていかせてください」と言った。町長は泣きながらその申し出を受ける。4月から管理職は20%減。組合が「僕たちも」と申し出て、10月から一般職員も10~20%減。翌年はカット率がさらに上がり、町長60%、議員40%、職員16~30%。「職員がそこまでやるのか、というのが住民意識を変えた」と町長は振り返る。町のことが、住民の自分ごとになった

 阿部さんが言う。
 「たとえばゴミ回収の有料化に、海士では反対がなかったらしいんです。自分たちのゴミ処理にはお金がかかっていて、清掃センターでは誰が働いているってことが、みんなわかってるんですね」


 島に大学院をつくる

 「巡の環」の事業の柱は研修。そこでは「自分ごと」の概念を濃厚に採り入れている。研修に来るのは、企業では日立製作所、労働組合ではイオンやサントリー、味の素。ほかには大学、自治体、復興庁など。海士で磨くのは意識、やる気。

 標準型の研修で2泊3日。現場で漁師や農業者の話を聞くこともあれば、農作業に加わることもある。散策もするし、議論もする。
 「自分ごととして成果を出す海士の生き様、本気度を映し鏡に、あなたはどうしていきますか、と。チエーンの感覚を持って会社や東京に戻ると、ものごとが違って見える」

 初日は研修に批判的だったある男性は、こんな感想を残していった。
 「俺は、自分の子どもたちが大きくなったときの社会が心配でしようがない。俺は会社が好きだから、会社を利用して子どもたちが安心できる社会をつくる」。

 研修を向上させるため、阿部さんは米国や英国にも足を運んで手法を学んでいる。

 現在、社員は7人。「会社の形態をわ分かりやすく言うと、研修、地域づくりのコンサルタント、デザイン、特産品の販売の各社と、資料館の指定管理者。その5つで一つの体をなしているみたいな。合わせ技一本会社っていうんですかね」。特産品は通販サイト「海士Webデパート」などで販売する。粗利で3千万円はほしいところだが、「ことし初めて4月の時点で、1年間なんとかなるというのが見えました」。

 阿部さんらが島に来たとき、山内町長は住民に「よく呼んだなあ」と言われたそうだ。そのたび、「呼んだんじゃない」と返した。「仕事があるから来るんじゃなくて、仕事をつくりに来てる。これはすごいこと。企業の人を研修でこの島に呼ぶなんて、以前は考えられなかった」

 阿部さんがいま考えているのは、海士MCA大学院の設立。「MBA(経営学修士)でなくMCA。ビジネスのBでなく、コミュニティーのCです。コミュニティーは地域だけではなくて、組織だったり、国だったり、つまり人の集まり。持続可能なコミュニティーづくりを学びます」。1年間海士に滞在して学位を取るコースのほか、ショートコースもつくろうと思い描いている。


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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