低福祉・低負担、高福祉・高負担

低福祉・低負担、高福祉・高負担
 産経新聞16年10月9日
低福祉・低負担、高福祉・高負担
 (文春新書) 896円
 現在ベストセラーのトップを走っている。いろいろインスパイアされる素晴らしい本である。
低福祉・低負担、高福祉・高負担
 先日の日曜日は一斉清掃日だった。朝8時から集会所周辺の植木を刈り込み、雑草を抜いた。
低福祉・低負担、高福祉・高負担
 その成果がこれ。
低福祉・低負担、高福祉・高負担
 排水溝のどぶ掃除、溝蓋の補修なども行った。路上の白い袋がどぶ。50人×1.5時間=75時間。これだけの仕事を外部に委託すれば数十万円かかる。
 次の日曜日は、クリーン高松推進事業とやらで、朝8時から近くの県道沿線の掃除をする。
 月末の金・土・日は地区のコミセン、小学校で文化祭が行われるので、裏方として出勤。すべてボランティア。地の人は、そのほかに、神社の清掃、お祭り参加、消防団員(ほとんど無報酬)、民生・児童委員などがある。PTAもそう。阪神大震災のとき「ボランティア元年」と言って騒いだが、あれはもの知らずの都会人のたわ言。昔からボランティアによって支えられていた部分は大きい。
低福祉・低負担、高福祉・高負担
 神社仏閣は寄付のかたまり。
低福祉・低負担、高福祉・高負担
 あれも
低福祉・低負担、高福祉・高負担
 これもボランティア。
低福祉・低負担、高福祉・高負担
 神社前に「〇〇お遍路休憩所」がある。前々から不思議だったのでその地区の自治会長に尋ねたら、「××さんという個人の方が敷地内に建て、お世話しています」とのこと。
低福祉・低負担、高福祉・高負担
 先日西讃(せいさん:さぬきの西部)で祭りの太鼓台にトレーラが突っ込むという事故があった。それで思い出した。この近くのうどん屋で昼食を摂った時、店内に「ちょうさ(太鼓台)」のカラー写真が飾ってあった。店主はちょうさの布団を作り直すときに百万円を寄付したと言っていた。うどん屋の平均単価はワンコイン(500円)以内。どれだけうどんを売らなければならないか!
低福祉・低負担、高福祉・高負担
 近所のキンモクセイが10日ほど前に咲いて散った。今日いい香りがするので見てみると、また咲いていた。こんなことってあるんだ!?





 低福祉・低負担、高福祉・高負担


 10月14日のブログ「羽鳥慎一モーニングショー…」で、木曜日の玉川徹さんの「そもそも総研」の例をとり上げた。日本は中福祉・中負担スウェーデンは高福祉・高負担という話である。
 
 そのことと関連する新聞記事および本に行き当たった。ご紹介します。


 ■ 産経新聞10月9日大阪大学名誉教授・加地伸行さんのコラム「古典個展」を抜粋してご紹介します。


 《歴史的に、伝統的に、中国人は家族主義であり、今もその基本は変わっていない。ただし、家族主義のその〈家族〉は、現代日本の核家族に基づく10人かそこらの親族一統とは異なり、100人単位、1000人単位の家族である。一族である。

 この一族団結は固く、相互扶助(金銭的にも)して生きている。彼らは、国家の援助などあてにしてはいない。本宗(ほんそう:総本家)を中心にして互いに助け合っている

 一方、中国の歴代政権は、民の面倒などを見てこなかった。だから、中国人は国家(政権)などあてにせず、一族の団結で生きてきた。そういう構造なので、政権担当者が外国人であっても平気であった。〈関係ない〉からである。当然、中国人には国家を重んじるナショナリズムなどこれまでなかったし、これからもないであろう》。



 ■ 『問題は英国ではない、EUなのだ』 エマニエル・トッド著から抜粋してご紹介します。


 《家族構造と国家の関係は、まさに私の現在の研究テーマなので慎重に述べる必要がありますが、たとえば、直系家族の社会は、核家族ほどには国家を必要としません

 団結そのものが「ミニ国家」的です。その分だけ、通常の意味での国家の必要性は弱まります。

 これは、今日にも通用する話です。核家族は個人を開放するシステム、個人が個人として生きていくことを促すシステムですが、そうした個人の自立は、何らかの社会的な、あるいは公的な援助制度なしにはあり得ません。より大きな社会構造があって初めて個人の自立は可能になります「個人」とより大きな「社会構造」には、相互補完関係があるのです》。


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(感想・意見など)

 前者はまさに中国の例。低福祉・低負担。ジャングルの掟が支配する社会。韓国・北朝鮮などもその影響下にある。

 後者北欧やフランスの例。個人が個人として生きていくためには何らかの公的な援助制度なしにはあり得ない。高福祉・高負担。本当は高負担→高福祉と書くべき。

 こういう社会では制度上ズルは許されない。ズルを許せば制度は途端に崩壊する。タダ乗り、怠け者は許されないし、脱税者には厳しい。難民・移民は厳しくコントロールしなければならない。


 都会と田舎の関係とも似ている。田舎のわずらわしさから逃げて都会に住んだが、自由ではあるが孤独に悩み、子育てに困り、親が老いあるいは子どもや配偶者が病気になってその世話に困り、といったことはよくある。「自由」にはカネがかかる


 高負担→低福祉・中福祉は困る。いずれにしろ、タダメシ(低負担→高福祉)はない


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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