客観性ない空虚な言説

客観性ない空虚な言説
 産経新聞16年12月11日
客観性ない空虚な言説
 讀賣新聞16年12月4日
 中国は北朝鮮の崩壊に備え、国境付近に食糧庫や収容施設を準備しているようである。崩壊はいつ起きても不思議ではない。
客観性ない空虚な言説
 四国新聞16年12月16日
 中国は、世界中の非難にもかかわらず、着々と領土・領海・領空を拡大している。
客観性ない空虚な言説
 16年3月14日アルゼンチンの沿岸警備隊は違法操業をしていた中国漁船を撃沈した。中国漁船は世界中で違法操業をし、問題を起こしている。
客観性ない空虚な言説
 産経新聞16年11月3日
 中国漁民の不法行為は目に余るものがある。漁民、韓国海洋警察ともに死者が出ている。韓国もとうとう実弾を使いだした。
客観性ない空虚な言説
 ニューズウィーク日本版16年10月25日号
 黄海での中国漁船と韓国海警察との衝突は中国漁船の経済的動機(金儲け)に発している。しかし、尖閣諸島付近では、中国政府が金(1隻150万円前後。燃料代か?)を払って海洋民兵を乗せていることなどから、中国政府の戦略的意図が隠されている。
客観性ない空虚な言説
 中国は、いつの日か、漁民、海洋民兵、軍人が一緒になって、千隻の船団で攻めてくるかもしれない。
客観性ない空虚な言説
 10年9月7日尖閣諸島で中国漁船がたびたびの警告にもかかわらず違法操業を止めず、海上保安庁の船に体当たりしてきた。
客観性ない空虚な言説
 朝日新聞10年11月6日
 私は「尖閣ビデオ流出」に関し、当然朝日新聞は「報道の自由」「国民の知る権利」を主張しているものと思っていた。しかし、ある人に指摘されて当時の縮刷版を見てみると、「政府の情報管理はたががはずれている」と非難している。
客観性ない空虚な言説
 同社説。
 どうやらこの事件が起きた時の内閣が民主党の菅内閣であったため、流出は「霞が関(官僚)の倒閣運動」と捉えたようである。朝日新聞は民主党内閣を誕生させることが悲願であったため、日頃の「報道の自由」「国民の知る権利」を引っ込め、民主党内閣を守ろうとしたらしい。自民党内閣なら逆の主張をしただろう。まさに、理屈と膏薬はどこにでも付く。
客観性ない空虚な言説
 紫雲山。ようやく冬らしくなってきだした。





 産経新聞12月11日「古典個展」欄、大阪大学名誉教授の加地伸行さんのコラムを抜粋してご紹介します。


 客観性ない空虚な言説


 トランプ氏が次期米大統領と決まった後、メディアは一斉に予想外と書き立てた。
 かと思うと、もうそんな話は忘れて、日々あれこれトランプ論を書き立てている。

 ということは、予想できなかったことに対する反省などないということであろう。

 いわゆる評論家なる者も同様である。いや、反省どころか、いつもの反米論の上に話を乗せていっている。

 例えば、寺島実郎氏の「トランプ大統領の衝撃」(毎日新聞11月11日付)。彼はこう主張する。
 トランプ政権はアメリカ伝統のモンロー主義(外国とはお互い干渉しないで行く方針)に帰ったのだから、日本も脱アメリカの転機にすべきである。つまり日ごろから反米を唱えているので、離米のいいチャンスという主張である。

 これは、トランプ現象に対する堅固な論理を展開したわけではない。(おのれ)の反米思想にトランプ現象をお手軽に引きつけただけのこと。

 こうした評論の論理は、もちろんまともなものではない。こう言っている。「日本は安易なナショナリズムに誘惑されることなく、一次元高い視点に立った、創造的な国際関係の目標を持つ地域リーダーとなる覚悟がいる」と。そしてこう結ぶ。
 「超大国の後退は、理念性の高い自己主張を求めている」と。

 こういう抽象的な言説、「理念性の高い自己主張」などという文は、その中身が空虚ということを露呈している。その言、分かりやすく言えば「ボクどうしたらいいのか分かりません。神様みたいになろうね、みなさん」と言うのと同じである。


 一方、南スーダン国連平和維持活動に派遣される陸上自衛隊部隊に「駆け付け警護」などの任務が閣議で決定された当日のデモについての記事毎日新聞11月15日付夕刊)の表現はひどかった。

 記者が取材した64歳の男性の言葉を大きく見出しに使ってこうである。「そんなに戦争がしたいか」と。

 これは、発言者の言葉を利用して(隠れ蓑にして)自分らの主張をしている

 自衛隊は、断じて戦争をしに南スーダンへ行くのではない国連加盟国の一員としての立場に立って彼(か)の地に向かうのである。そのことをきちんと説明した上で、反対デモの報道をすべきなのにそうしない

 こうした一部メディアの態度は、前記の寺島言説と同じである。すなわち、固定された観念・立場・意図などがすでにあり、そこへ世の現象を何が何でも結びつけるのである。つまりは、客観性などはじめからなく、報道手段を私(わたくし)している

 それほど反対なら、社論として、日本の国連脱退を主張すべきであろう。それなら首尾一貫し、独自の論といえる。しかし、そのようなものはない。


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(感想・意見など)

 その種の人たちは事あるごとに、「国連、国連」と言ってきた。国連南スーダン派遣団には、計63か国が要員を派遣している。意図は平和をもたらすためである。それが何故「そんなに戦争したいのか」になるのか。無茶苦茶である。

 「ドイツは反省しているのに我が国はしていない」と言い続けている人がいる。ドイツは戦後何度も憲法である基本法の解釈を改正してきた。また、国連が展開したボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、アフガニスタンなどに連邦軍を参加させてきた。その結果、合計106人の殉職者を出している。

 日本は、世界約200カ国の内、総合的に見て、10カ国には入る国である。日本だけが例外でいいのか?


以上

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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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