『交わらないから面白い 日韓の常識』②

『交わらないから面白い 日韓の常識』②
 著者は朝日新聞の元記者(ソウル特派員の経験あり)であるが、価値中立であるため、信用できる。
『交わらないから面白い 日韓の常識』②
 私はクルマの中で12月25日までは山下達郎の「クリスマス・イブ」のCDを聴いていた。26日以降ずっといきものがかりのベスト盤を聴いていたので「放牧宣言」はショック。しかし休養が必要なことは分かる。1~2年後にはリフレッシュして帰ってきてくれると信じている。
『交わらないから面白い 日韓の常識』②
 昨日、近くの神社にしめ飾りを持っていった。




 先日の続きです。


 『交わらないから面白い 日韓の常識』②


● 韓国が冷戦下、辛い思いを重ねただけでないことを露にしたのは、朴正凞政権下の1964年10月から73年の撤退まで、ベトナムに派遣された韓国軍32万人の所業だ。その残虐行為は、進歩系の韓国紙・ハンギョレ新聞発行の時事週刊誌「ハンギョレ」が1999年5月6日号で、
 「あぁ、震撼の韓国軍 ベトナム戦 24周年にして見た、 私たちの恥部、ベトナム戦犯調査班のおぞましい記録
 の見出しで報じた事実だった。

 5千人の住民を殺し、女性を強姦した。さらに同紙は、韓国軍のベトナム軍慰安婦の存在や、ライダイハンと呼ばれている兵士との間にできた混血児問題を報じた。

 翌年には、ベトナム戦争に従軍した退役軍人2千4百人が、記事は「反共戦士として戦った自分たちの名誉を貶めた」と新聞社を襲撃する事件が起きた。


● それから十年以上を経た2010年代になって、「妓生(キーセン)観光」、「日本軍従軍慰安婦」と、立て続けに韓国民の反日感情を煽って名を挙げた韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)などが、騒ぎはじめた。なぜ、ハンギョレ誌が最初に報じたときには、沈黙していたのか。なぜ、即座に「真実追及」に乗り出さなかったのか

 その時の政権が、自分たちが実現を願ってきた左派の金大中政権だったからだろう。続く左派政権、盧武鉉政権下でも挺対協の沈黙は続いた

 2010年代になって取り組み始めたのは、政権が敵対する保守政権に変わったからだ


● 1963年から1977年まで、西ドイツの過酷な炭鉱の現場に送られた若者は8千人になる。病院にも韓国の看護婦約1万人が送り込まれた。韓国南部には、帰郷した彼らの「ドイツ村」がある。

 この労働者輸出は、ドイツから3千万ドルの借款を得るための策だった。借款の担保は彼らの給料だった。炭鉱夫になったほとんどは、大学を卒業しても職のあてがない失業者たちだった。

 1963年の韓国の輸出総額が8千6百万ドルに過ぎない中で、にわか鉱夫からの送金額は、年間5千万ドルになった。翌年、夫人と共に西ドイツを訪問した朴正凞大統領が、鉱夫たちの前で男泣きした

 ちなみに、「洋公主」が、1964年に稼いだカネは、韓国紙・中央日報の記事から逆算すると6億ドルだった。


● 男たちの血でドルを稼いだのは、今や「おぞましき」ベトナム派兵韓国軍だ。2013年11月26日の東亜日報の記事
 「ベトナムや中東に向かった韓国軍将兵や労働者からの送金も、経済発展に貢献した。60年代前半、80ドル前後だった韓国の一人当たり国民所得は、1978年に千ドルを突破した。年間1億ドルに届かなかった輸出は、ドイツ派遣最後の年の1977年、百億ドルを超えていた」

 ベトナム派兵は、安全とドルを得ようとした狙い通りに、兵士から韓国への送金額は、総額で2億ドル近くになり、特需は十億ドル以上になった

 19707年代に、朴正凞独裁体制下反政府運動「民生学連事件」の首謀者として死刑判決を受け、民主化後に釈放され、後に野党国会議員になり、韓国鉄道公社社長も歴任した李哲(イ・チョル)
 「私もベトナム派遣兵になりたかったです。ベトナムに派兵された友達が羨ましくてしょうがなかったです。給料がドル払いでした。息子がベトナムに派兵された家は、田畑を買い、家を新築し、どんどん金持ちになった。それを見て、私も行きたいと思ったものです。本当に」


● ベトナム戦争の終焉とともに、韓国の男たちが向かった先は、中東だ。韓国の土建や建設企業はオイル・ダラーによる建設ブーム沸く中東に進出、1973年からの9年間だけで、総額5百25億ドルの建設工事を受注、延べで67万人の建設労働者を送った

 経済危機にあえぐ北朝鮮は、中東カタールのサッカーワールドカップ用競技場などの建設に3千人など、約40カ国に6万5千人の労働者を送り、ドル稼ぎをしているとの韓国側からの情報がある。給与は実際の一、二割程度しか受け取れず、ほとんどが金王朝への上納金として召し上げられる


● 数年前、韓国企業の進出ラッシュが続いているベトナムを訪ねた。韓国企業は、中国経済の減速下、ますますベトナムへ、ベトナムへと向かっている

 韓国では農村花嫁になって来たベトナム女性が一週間も経たないうちに韓国人夫の暴力で殺されるなどの事件が相次いだ。韓国軍が去った後に残された、たくさんの混血児の問題も放置されたままだ。ハノイであった日本の留学生はこんなことを教えてくれた。
 「大家は、韓国の駐在員や学生には部屋を絶対に貸さないと言っている。実際、喜んで貸そうとする家主は少ない」


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(追伸)

 2014年3月18日のブログ「韓国軍はベトナムで何をしたのか」を読んでください。



つづく


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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