『変わらないから面白い 日韓の常識』④

『交わらないから面白い 日韓の常識』③
 (祥伝社新書) 907円。是非読んでください。朝日新聞の記者によくあるような嘘や上から目線はありません。事実を事実として書いています。
『変わらないから面白い 日韓の常識』④
 朝日新聞16年12月30日
 恥知らずな新聞社の恥知らずな社説。
『変わらないから面白い 日韓の常識』④
 2017年初雪。香東川河川敷(少年野球場)。今日は野球はしていなかった。
『変わらないから面白い 日韓の常識』④
 同。少年サッカー場。父母なども熱心に応援している。
『変わらないから面白い 日韓の常識』④
 どういう訳か、この冬ヒヨドリをほとんど見かけない。よく晴れてキーンと冷えた朝、ヒヨドリの「ピーヨ、ピーヨ」という嬉しそうな鳴き声を聞くのは喜びである。しゃくるような飛び方も好きである。
『変わらないから面白い 日韓の常識』④
 ハクセキレイを良く見るようになった。尾の震わせ方が剣道の立ち合いを思い出させる。
『変わらないから面白い 日韓の常識』④
 百舌(もず)の〝アウトロー〟的雰囲気が好き。他の鳥の鳴き声を真似てよく騙される。「キィーッ」という甲高い鳴き声を聞くと嬉しくなる。
『変わらないから面白い 日韓の常識』④
 讀賣新聞16年12月10日「編集手帳」から
 「モズは一羽きりで冬を迎えるという。世間体や評判ばかりを気にして小心翼々と生きる身に、『俺は俺』の孤高がまぶしく映らないでもない。〈人間をやめるとすれば冬の鵙(もず)〉(加藤楸邨)。ちょっと、わかる。」





 まだ続きます。


 『変わらないから面白い 日韓の常識』④


● 韓国の新聞記事などでは時折、「数えきれないほどの侵略を受けても、他国を侵略したことのないわが民族の歴史」のような記述を見る。すると、高麗が元軍とともに日本を攻めた元寇(1274年、1281年)は、侵略ではないということだろうか。ソウルで若い女性に、
 「昔、高麗が日本に攻めてきたことがあるけど」
 と、話したらびっくりされたことがある。

 日本に留学中の大学生に確かめると、
 「日本に文化を伝えたとか、倭寇の被害に遭ったことは教えられるけど、元寇のようなことはあまり教えられませんね」
 大国にくっついての侵略の歴史は教えたくないようだ。

 高麗は「武臣政権」の時代もあった。北方へ兵をたびたび進めている。


● その元に続いた明も、処女を要求した。
 李氏朝鮮建国(1393年)から15年後の第三代太宗(たいそう)の時代に、処女三百人を明に差し出した。そのうちの五十人が中国皇帝の後宮に入り、当時の皇帝永楽帝を楽しませた


● 元寇から約300年後、秀吉の文禄・慶長の役(1592-1598、韓国では壬辰倭乱(イムジンウエラン)と呼ぶ)。朝鮮の総理大臣にあたる領議政、柳成竜(リュソンヨン)が、朝鮮王朝の対応や戦況などを細かく書き残した書が『懲毖録(ちょうひろく)』だ。
 「昔、高麗が元の兵を導いて日本を攻撃したことがあります。日本が、このことをもって怨みを朝鮮に報いようとするのは、勢いとして当然のことであります」(東洋文庫版)。


● モンゴルに攻められた高麗王高宗(コジュン)江華島(こうかとう)にこもり、贅沢な日々を送りながら撃退を祈念し、16年かけて「大蔵経板」の木版8万258枚を彫り直した。この間、モンゴルの侵略は繰り返され、置き去りにされた民は「胡水満腹」の暴虐にさらされた


● 高麗の武人だった李成柱(イソング)が建国した李朝の王宣祖(ソンジョ)は豊臣秀吉軍が攻め入るや、現在のソウルからへ平壌(ピョンヤン)、遂には中朝国境そばの義州(ウイジユ)まで逃げた。主が消えた景福宮(キョンボックン)は民に略奪され、火をつけられた王子二人も、地方で捕らえられ、豊臣軍に差し出された。王家はちっとも好かれていなかった。


● 17世紀の丙子胡乱に遭遇した王仁祖(インジョ)は、江華島(カンファド)までは逃げられず、ソウル郊外の南漢山城(ナムハンサンソン)に籠った挙句、清の総大将の目前で、地面に額を何度も打ちつける超土下座をして容赦してもらったその代償が「還郷女哀話」だった。この時、60万人が、引き揚げる清兵とともに連れて行かれ、奴隷として売られたと言われる。当時の朝鮮半島の人口は一千万人だった。実にその6%にあたる。


● 韓国のナショナリストの中には、こう力説する向きもある。
中国は、侵略はしたが、朝鮮を支配しなかった。宗主国である中国王朝への朝貢の代価として中国からもらう高価な物を計算すると、朝鮮のほうが儲かった。中国は大国だから、そうやって朝鮮を手なずけたのだ。日本は奪うだけだった

 日本の支配も、経済的な面からみれば、日本の出超だったとの見方は定着している。

 今の日本にとっては、損得勘定うんぬんよりは、帝国主義の時代ではあったが、日本の安保や国益から見て、朝鮮半島を植民地にする選択肢しかなかったのか。実はそれ以外の道があったのではないか、と過去を検証し続けることが、韓国社会の妙な主張にいきり立つより、肝要なことだろう。

 ソウルで昼食を食べた主婦は、
 「中国のやり方は、朝鮮の支配階級を使った間接支配だったから、韓国ではいまひとつ、中国に支配された実感が薄いわけ。中国に奪われたという気持ちにならず、李朝の特権層を憎むだけだった。突き詰めれば、中国が直接支配したくなる魅力が朝鮮になかったというだけの話じゃないかしらとは思うけど……」


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(感想・意見など)

 私は、一昨年12月の日韓合意は絶対守られないだろうと思っていた。コリアンは何だかんだと因縁をつけて、必ずゴールポストを動かす。約束を何とも思っていない。あの国はそういう国である。

 上記で「処女三百人」の話があったが、こういうことは何回もあったようで、コリア側もやられっぱなしではなかった。処女ばかりでなく売春婦のような人も混ぜて、それが中国側にばれて、中国人が直接街で拘引(とらえて無理やり連れて行く)したようなこともあったようである(宮脇淳子さんの本だったか?)。宦官(かんがん:去勢した男性)も貢いでいた。


 それにしても朝日新聞には驚く。

 朝日新聞が16年12月30日の社説「慰安婦合意 後戻りさせないために」を書いている。お前らがありもしないことを何十年にもわたって何度も何度も書き続けて煽り続けたからではないか!!!百歩譲っても、1997年には記者を済州島に派遣して吉田清治の主張が嘘だと言うことは分かっていた。しかし、社内で討議の結果、頬被りを続けることにした(全員共犯)。主筆の若宮啓文は「ちょっとした勇み足」だと!卑怯者の4乗である。それでなくとも目茶苦茶ややこしい人たちに口実を与え続けたのは朝日新聞ではないか!!

 それをいけしゃあしゃあと(絶句)


 厚顔無恥!こんな新聞社が日本にあることが恥ずかしい。


以上


 

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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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