やや貧乏くらいが丁度いい?

やや貧乏くらいが丁度いい?
日経新聞17年2月6日
やや貧乏くらいが丁度いい?
 NHK-Eテレ 17年2月14日知恵泉出演の〝パックン
やや貧乏くらいが丁度いい?
 フジテレビ系17年2月21日「クイズやさしいね」出演の〝パックン〟(右端)
やや貧乏くらいが丁度いい?
 同日、NHKのクローズアップ現代+にも出演していた。
やや貧乏くらいが丁度いい?
 毎日新聞17年1月30日
 西原(さいばら)理恵子さんは〝哲学者〟。自らの体験から子供たちのアルバイトを奨励している。私もまったく同感。
 毎日新聞の「仲畑流万能川柳」に、「かあさんと万柳(まんりゅう)でもつ新聞社」と投稿したが、採用されなかった。いつの世も真理の探究者は弾圧されやすい。
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 (幻冬舎文庫) 702円
 井川意高(いかわ・もとたか)氏は、大王製紙の社長の長男として生まれた。小さい時は愛媛県で育ち、飛行機で東京の学習塾に通った。東大法学部に現役合格。大学生時代父親の金で銀座で豪遊。42歳で社長就任。カジノでの使用目的で、7つの子会社から総額約107億円を独断で借入れ、特別背任の容疑で懲役4年の実刑判決。昨年末、3年2カ月で仮出所した。
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 鳩山由紀夫氏。東大工学部卒、スタンフォード大・大学院博士課程修了。日本では「宇宙人」、ワシントンポスト紙からはルーピー(loopy:いかれた、変わった、狂った、ばかな)と命名される。このパフォーマンスはルーピーとしか言いようがない。弟の邦夫氏(東大卒)も変わっていたが、兄ほどではなかった。
 金持ちの家に生まれると、いい子供に育つ場合もあるが、雑菌がほとんどいない温室育ちのため、とんでもない子に育つ場合も多い。
 私の松山時代、あるタクシー会社の社長が話しかけてきた。「おたくの会長の息子と僕は大学時代同級生だったんですよ。すごく性格のいい人でしたが、取り巻きが感心しませんでした」。
 その後、会長の息子の噂をいろいろ聞いた。親の反対を押し切って芸能人と結婚したが間もなく離婚、すごい額の慰謝料を払ったらしいとか、スキー場の開発やモータースポーツのF1に莫大な金をつぎ込んだらしいとか。それから数十年して週刊誌に小さな記事が載っていた。千億円単位の金を消失させたため、親が創業した会社の株式をほとんど売却したという。「売り家と唐様(からよう)で書く三代目」。その人は三代目どころか十数代目だったのだが。もう少し雑菌の中で育っていれば……。
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 マックの求人チラシ
やや貧乏くらいが丁度いい?
 四国新聞17年2月19日
 マックやコンビニなどでもシニアのパート・アルバイトが増えている。今や至るところで人手不足が起きている。
やや貧乏くらいが丁度いい?
 NHK17年2月21日ニュースウオッチ9。
 ASKULとは10数年前に商売を始めた時からの付き合い。順調に伸びていたはずだが、一寸先は闇。世の中何が起こるか分からない。



 やや貧乏くらいが丁度いい?


 私は、高校生時代以降5人家族のうち3人が病人だったので、浪人時代アルバイトでお金を貯め、大学も独力でいった。そういうこととは別に、社会人になれば、精々1社か2社しか経験できないだろうから、いろいろなアルバイトをして、いろいろな世界を見てみたいと思っていた。視野の狭い人間にはなりたくなかった。

 結果的に20種類くらいのアルバイトをした。それは、今でも良かったと思っている。また、いろいろな事情が許せばだが、転勤もいいことだと思っている。私の場合、家庭の事情が許さなかったので、海外に出ていくことはなかった。周りには海外生活の経験者が沢山いたが、そのことがその人を一回りも二回りも大きくしただろうと思われた。

 転勤にしろ海外生活にしろ大変だが、のちのちその人のためになり、人生が豊かになることが多いと思われる。アルバイトも同様である。西原さんは、「できない事がひとつずつできるようになってくのが楽しかった」と言っている。大賛成である。ほとんどのことは、実際にやってみないと、分からない。


 日経新聞2月6日にタレントの「パックン」ことパトリック ハーランさんの記事が載っていた。抜粋してご紹介します。


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 貧乏にコンプレックス
 他人と違う道 選んで勝つ


 「パックン」の愛称で知られるタレント、パトリック・ハーラン氏(46)。米ハーバード大学を卒業し、知性と明るい性格が持ち味だが、子どものころは経済的に困窮しコンプレックスを抱えていた。人生を切り開く原動力となってきたのは人とは違う道を探る前向きな姿勢だ。


 とにかく落ち着きのない子どもだったな。好奇心いっぱいで体を動かすのも人と話すのも大好き。大人ともすぐ仲良くなれるので、様々な仕事を手伝った。

 勉強も好きだった。負けん気は人一倍強かったけれど、負けるとすぐ泣いていた。ハーバードは入れてくれたから入っただけ。冗談じゃなくて、他の大学は落ちたんだよ。米国の大学は選考基準が多様なんだ。


 卒業が近づいても大学院への進学も就職も面倒くさかった。金銭的なコンプレックスも心を縛っていた

 4年生が終わる頃には燃え尽きていた。それに当時、僕はコンプレックスの塊だった。ずーっと「ど貧乏」だったから。10歳から18歳までは新聞配達をしていた。朝3時半に起きて6時半までに400軒以上配る。7時すぎからは授業。

 学校には裕福な子がたくさんいて見せつけるようにいい車に乗ってくる。僕が質素なお昼を食べている横で、豪華な弁当を半分残して捨てる人がいる。

 学費ローンを完済するまでは必死で、いつ破綻するかわからなかった。のどから手が出るほどお金がほしいくせに「お金に走るなんて薄っぺらい」とも思っていた。


 人と同じフィールドで闘うと負ける。だから人とは違うことをする工夫を続けてきた。

 例えばアメフトは父親が試合に連れて行ってくれたり、高い防具を買ったりしないとできない。僕は両親が離婚して父とは離れて暮らしていたし、お金もなかった。そこで選んだのがバレーボール。競技人口も多くないからすぐ活躍できた。
 モテたくても高い洋服は買えないから個性で勝負した。

 結局、大学卒業後は日本にいる友人に誘われて福井県に来た。日本語は来日してから独学した。その後、上京してお笑いコンビを組んだことで今の僕がある。

 来るものは拒まずの精神でやってきたら、仕事は大学講師まで広がった。「パックン」という仕事は一大プロジェクトみたいなもの。仕事の技を磨き続けて、20年後には「いぶし銀」と言われるくらいになりたいね。  (福山絵里子さん)


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 格差への「開き直り」を
 ここからは自分次第だ

 今の米国の状況を「僕の時代より経済的な流動性がなくなっている。アメリカンドリームをつかめるのはほんの一握りという仕組みになってしまっている」と憂う。

 経済的に困窮する若者には「開き直りが必要」と助言する。「今は苦しい状況にいても、これから先は自分次第」と思うことだという。

 「自分はかわいそう」と思い続けるより、前を向いてほしい。そのためには自分が持っているものを5つ挙げてみることを提案する。「若さ、健康、友達、お母さんに愛されている、安くておいしいパン屋を知っているとか、どんな小さなことでもいい。そこでまず幸せを感じよう。そして前を向こう」と呼びかけた。


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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