アスリートの苦悩

アスリートの苦悩
 讀賣新聞17年3月8日
アスリートの苦悩
 マッククルー体験会チラシ。
 高校3年生・大学4年生のアルバイトが卒業するので、3月~4月は新たな採用が大変らしい。先日夕方マックにいたら、なじみの女性スタッフが、「急に招集された」と駆け込んできた。
アスリートの苦悩
 数日前に花粉症が発症した。病院に行く時間がもったいないので、備え置いているパブロン鼻炎カプセルで抑えている。喉が渇いてしょうがない。
アスリートの苦悩
 香東川の鳥たち。5分も車を走らせるとこういう鳥たちを見られるのは幸運。





 アスリートの苦悩


 今日の讀賣新聞、松永 真理さんの「時代の証言者」一流のアスリートはここまで自分を追い込むものなのかと感動した。有森裕子さんが「初めて自分をほめたい」といった裏には凄まじい努力があった。同じ人間として、安易に批判はできない。抜粋してご紹介します。


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 有森さんがくれた希望


 リクルート事件が明るみに出て以来、世間の厳しい風が吹き付けます。

 就職が内定したものの、親の反対で辞退する学生が相次ぎました。そのさなかの1989年4月、有森裕子さんが入社しました。

 当時、有森さんは無名のランナーでした。でも、どうしても長距離のマラソンをやりたい。リクルートランニングクラブ監督の小出義雄さんに頼み込んで入社しました。

 有森さんは「ただ者で終わりたくない」という、強い意思を持っていました。ひたすら練習を積み、一流になっていきます。92年のバルセロナ五輪で銀メダルに輝きました。

 有森さんが社内を歩くのを見るだけで、私たち社員の心に希望の灯りがともりました。願って努力すればかなえられる。もしかしたら自分たちもそうなれるかもしれない、と。


 96年のアトランタ五輪では、私も応援に行きました。

 有森さんはバルセロナ後、両足のかかとを痛めていました。折り返し地点で「頑張れ!」と声をかけると、手を振ってくれました。しかしゴール地点では、もう形相が変わっていましたね。頬はこけ、ただ前だけを向いて走っている。銅メダルを獲得しました。

 お祝い会で「おめでとう」と抱きしめた時、涙が出そうになりました。がりがりにやせ、腕はまるで栄養失調の子どものようでした。ここまで身をそぎ落とさないといけない。2回連続してメダリストになるとは、こんなにも過酷なことかと感じました。


 《小出さんは著書「小出監督の女性を活かす『人育て術』」(二見書房)で、アトランタ五輪を前に有森さんが苦悩する様子を描いている。「練習時間以外は部屋に閉じこもって泣いている」「メダルの重みを知る有森は、どうしようもない不安感に襲われていた」。64年の東京五輪で銅メダルを獲得、次の五輪前に自殺した円谷(つぶらや)幸吉さんに言及し、「有森を円谷さんとおなじ運命にすることは許されない。夜の見張りが1か月に及ぶことになった」》


 「初めて自分をほめたい」。アトランタ五輪のゴール後に有森さんは言いました。全てを出し尽くした後の言葉は、人の心を打ちます。超一流の意識と言葉を持つランナーでした。

 ランナーと言えば、95年に高橋尚子さんが小出監督を慕って入社します。彼女も実績がなく、言わば押しかけ社員。新人歓迎会の時に、体にアルミホイルをまいて「オバケのQ太郎」の歌に合わせて踊ったそうです。捨て身のアピールだったのでしょう。以来、「Qちゃん」の愛称で呼ばれます。

 自力で道を開く女性の姿には心を動かされます。


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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