日本企業はなぜ海外M&Aで失敗するのか

日本企業はなぜ海外M&Aで失敗するのか
 朝日新聞17年4月3日
『経済大国・日本』
 毎日新17年4月21日
日本企業はなぜ海外M&Aで失敗するのか
 JPリサーチ&コンサルティング顧問。M&Aの専門家である。
日本企業はなぜ海外M&Aで失敗するのか
 日経MJ17年4月24日
 GINZA SIX 一度見ておきたい。
日本企業はなぜ海外M&Aで失敗するのか
 庭のフリージア。ツツジも蕾をつけだした。




 日本企業はなぜ、何万人~数十万人の社員が苦労して稼いだ何千億円という大金を海外M&Aで失敗し、むざむざ捨ててしまうのかと残念でならない。日本企業総計で年間兆単位になるのではないか。莫大な国富の損失であり、そのためリストラに遭う社員も万単位にのぼるはずである。そう思っていたところ、優れた論文に行き当たった。

 JPリサーチ&コンサルティング顧問の杉山 仁(ひとし)さんの16年3月16日の論文である。抜粋してご紹介します。


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 日本企業はなぜ海外M&Aで失敗するのか 


  相互信頼か相互不信か

  日本企業のM&A失敗の原因はいろいろ考えられるが、筆者の海外M&A経験に基づく考察によれば日本固有の社会と文化に一因があると思う。
 
 ここで強調しておきたいのは、筆者は日本固有の社会と文化を海外と比べて是非や優劣を論じるつもりはまったくなく、客観的事実として彼我の違いを認識し、これを日本企業によるM&Aに役立てようとする姿勢である。
 
 筆者の論点は、最近はやりのグローバリズムに基づく日本ダメ論、日本変われ論ではなく、それぞれの民族が地政学上の環境において過去数千年に亘って培ってきた文明と、それに基づく行動の違いを認識することにより、日本企業の海外M&Aの成功率を高めようとするアプローチである。
 
 日本企業の場合、M&Aや資本提携の対外交渉にあたり、相互信頼、共存共栄、長期関係の三原則を基本とすると考えられるが、外国企業は必ずしもそうではない。
 
 筆者の経験では、外国企業はM&Aや資本提携の交渉時に、いかにしたら自社の利益を極大化できるか、相手の弱みは何か、相手企業に対してどのようにしたら優位に立てるか、という姿勢で交渉に臨む。支配・被支配関係を前提とした相互不信と警戒感が先立つのである。
 
 こういう相手と交渉をする場合、日本人特有の相互信頼の精神だけでは思わぬ落とし穴に落ちかねない。M&Aの最初のプロセスであるトップ会談で、売り手の外国人社長に惚れ込んでしまう日本人社長がいるが、自分が惚れ込んでも、相手が自分のことを信頼して好きになってくれるとは限らない。当たり前のことだが、自分の会社を高く売りたいため、あるいは有利な提携条件を結びたいため、愛想よくしているケースがほとんどであろう。
 
 日本では昔から「至誠天に通ず」という言葉があり、こちらが誠意を見せれば相手も必ず誠意をもって応じるという相互信頼の精神があるが、これはおそらく外国人と接したことのなかった日本人の言葉であろう。
 
 何千年、何万年ものあいだ、土地を求めて異民族同士の殺戮を繰り返してきた一神教のユーラシア大陸の民族(およびその派生であるアメリカ)にとって、相互信頼の精神は育たないのである。
 
 メソポタミアの粘土板の歴史書にも、ある日砂漠の彼方から砂煙を上げて異民族の大軍が押し寄せ、メソポタミアの都市国家を破壊し尽くし、住民を皆殺しにした史実が記録されている。13世紀のモンゴルによる中近東と欧州への進攻もその一例である。
異民族を見たら敵だ、という発想なのであり、その考え方は21世紀の企業行動においてもユーラシアの人びとのDNAに植え付けられ、基本的には変わっていないことを認識すべきである。


 人間平等主義VS奴隷制

 江戸時代以前より、近江(いまの滋賀県あたり)商人のあいだで「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方よしの商売哲学があった。今風の言葉でいえば、商取引にあたってすべてのステークホルダーが得するのが商売の大原則という考え方であった。
 
 この考えは江戸時代に入って石田梅岩心学として体系化し、「先も立ち、我も立つ」という共存共栄の利を共にする精神を日本中の商人に広めたのである。現在でも日本の伝統的な企業で、社是として取引先と従業員との共存共栄を原則としている企業はいくらでもある。
 
 共存共栄の精神の基には、徹底した人間平等主義がある。日本ではこの世の人びとは皆平等である、と考えるゆえに富を分かち合うという精神が芽生えたのである。
 
 これに対して、征服した異民族を殺戮したり、人権のまったくない奴隷として酷使したユーラシアの人びとには、一神教の教えもあり、そもそも人間平等という考えはなかった。有史以来、世界中の文明圏で奴隷制がなかったのはおそらく日本だけではなかろうか。奴隷制があったかなかったかで、その文明の人びとの振る舞いがまったく異なってくるからだ。
 
 古代民主制といわれるギリシャの都市国家アテネでは、12万人の市民のほかに3万人の外国人と8万人の奴隷を使っていたことが記録されている。

 「民主主義」といっても奴隷には人権はいっさい認めず、家畜と同様に酷使、虐待、虐殺していたのがギリシャの「民主主義」の実態である。
 
 ローマ帝国に至っては、戦争で奴隷になった異民族の男をグラジエイター(「剣闘士」と訳されている)としてコロセウム(闘技場)に追い込み、同じグラジエイター同士をどちらかが死ぬまで剣で戦わせ、これをローマ市民が観覧席から高みの見物をして楽しんだ、という事実は読者もよくご存じのことであろう。奴隷は闘牛の牛と同様の扱いであったのである。
 
 有史以来、ユーラシア大陸の国家と民族では戦争に敗れた人びとは、殺されるか、家畜同然で死ぬまで酷使されるという過酷な運命が待っていたのである。
 
 この奴隷制を地理的に海外に拡大していったのが、西欧植民地主義である。16世紀のスペインによるインカ帝国征服を嚆矢として広がった西欧の世界中の植民地では原住民の人権はいっさい認められず、原住民はただ殺戮と搾取の対象であったのである。
 つまりユーラシア大陸においては勝者のみが正義、敗者は家畜同然の奴隷とされたのである。
 
 奴隷制の伝統に基づく勝者独り勝ちの精神は、アップル、グーグル、IBM、ウォルト・ディズニー等の多国籍企業が、徹底した節税スキームで税金の支払いを少なくし、この結果、積み増した利益を株主と経営者が山分けするという行動の原点となっているのである。
 
 これは日本企業が長いあいだ培ってきた「三方よし」という、人間平等主義に基づいた互恵の精神と正反対のものである。


 長期的経営か短期的経営か

 経営者個人の利益を優先するとなると、当然、短期経営志向となる。なぜなら個人が経営者でいられるのはせいぜい数年から10年程度のあいだであり、この間に会社の利益を上げ、個人の手取りを極大化する必要があるからである。
 
 最近のアメリカの企業による自社株買いも、経営者が設備投資や従業員に対する配分を削ってでも、ROEを高めることにより経営者報酬を増やしたい、という意識の表れといわれている。
 
 上位1%の富裕層が所得の9割超を獲得しているアメリカの著しい格差社会化の進行は、独り勝ち短期経営の結果でもある。
 
 これに対して日本企業の長期志向は、百年以上続く長寿企業が日本では1万5000社以上(世界で首位)ある一方で、2位はドイツで1000社以下という統計にも表れている。
 
 トヨタの水素自動車、東レの炭素繊維、ホンダのアシモロボットやホンダジェット等の世界最先端技術は、これら日本企業のすべてのステークホルダーが30年以上の超長期投資に耐えた結果であり、欧米流短期経営では絶対に開発できない技術である。
 
 一方、海外企業は超長期投資にすべてのステークホルダーが耐えるということはできず、フォルクスワーゲンの排ガス不正、GMの欠陥車放置、ノバルティスファーマの実験結果改竄等、短期でコストのかからない不正に走ってしまうのである。


 クライシス対策より組織の名誉

 以上のとおり、日本企業の行動原則として、(1)相互信頼、(2)共存共栄、(3)長期経営の3つを挙げ、日本企業にとって、これらの行動原則が通用しない海外企業と交渉する際の弱みになってしまい、これが日本企業による海外M&Aの成功率が低くなっている要因であると考えている。
 
 ユーラシアの民族の行動原則をわかりやすくいうと、「自分だけ、今だけ、金だけ」ということになり、これは日本人の「皆も、将来も、金だけでない」という行動原則と正反対のものである。
 
 筆者はこれに加え、日本文明に基づく日本企業の共同体志向が、M&A失敗の一要因ではないかと考えている。
 
 日本企業による大型M&Aの場合、社長以下会社全体で買収完遂に突っ走ってしまい、買収完遂が自己目的化してしまい、デューディリジェンスで発見されたリスクに対する対応策や、買収の基本前提となる将来収益見通しとシナジー実現可能性の慎重なチェックが疎かになってしまうことがよくある。冒頭に挙げた第一三共、LIXIL、丸紅がそのケースであろう。
 
 また買収後、トラブルが多発しても、社外はもちろん、社長と担当役員以外には社内にも知らせずトラブル情報を隠蔽してしまうケースが多い。その結果、対策が後手に回り、かえって損失が拡大してしまう。

 オリンパスの巨額粉飾事件もこうした背景があったことが明らかになっている(巨額粉飾の事実は代々の社長と担当役員のみに引き継がれていたが、これは現地採用出身のイギリス人社長が、日本から逃げてロンドン都心の警察署に身柄保護を申し出たことから発覚した)。
 まだ世間には公表されていない、こうした潜在失敗ケースはいくらでもあると思う。

 昭和17(1942)年のミッドウェー海戦で、日本海軍が大敗した情報も極秘とされ、国民にはもちろん知らせなかったし、陸軍出身の東條英機首相にもすぐには報告されなかったという話もある。海軍大将山本五十六と海軍全体の名誉を守るためであった。

 日本の大組織の場合、終身雇用制度の下、年功序列人事が現在でも支配的であり、組織の論理が貫徹しやすいため、まず組織の名誉を守ることが、当面のクライシス対策よりも優先するのである。

 組織の名誉を守るという行動は、日本人の共同体志向に基づく行動であり、江戸時代に幕府に対し各藩がお家騒動等の不名誉な出来事を隠そうとしていた史実に通底するものがある。

 またそれぞれの組織が失敗とその原因を開示せず、失敗を隠蔽する行動を取るため、M&Aリスク回避策がいつまでたっても企業社会で広く共有されず、同じような失敗がほかの企業でも繰り返されるのである。

 以上述べてきたとおり、日本と海外の企業文化の違いは、筆者は歴史と地政学要因による文明の違いにあると考えている。宗教の異なる一神教の異民族同士が土地を求めて争いを続けてきたのが、ユーラシア大陸の民族の歴史であり、これは現在でもキリスト教徒とイスラム教徒の一神教同士の終わりのない対立抗争として続いている。

 一神教の異民族同士の争いが長いあいだ続くと、当然、相互不信と警戒、支配被支配と奴隷制の世界観、勝っているあいだに収奪する短期志向等の考えが定着し、現在に至るまで、その文明の人びとの行動様式を支配しているのではなかろうか。

 これに対し、日本列島は大海に孤絶し、海に囲まれていたという地政学上の要因により、ユーラシア大陸からの異民族との武力衝突が元寇を除いてはなく、かつ多神教であったため、国内でも大規模な宗教戦争がなかったというきわめて恵まれた環境にあり、ここに縄文時代以来1万年以上に亘り、世界でもまれな日本文明が育まれたのである。

 歴史と地政学により条件付けられた文明というインフラストラクチャーは、そこに生きる人びとの文化、すなわち考え方と行動様式を規定する。ここからユーラシアの民族と日本人との文化の著しい差が生じたのである。

 グローバリゼーションという耳当たりのよい言葉に流されず、彼我の文化と文明の違いと、そこから生ずる行動様式の違いに目を向けるべきである。日本企業は自らとは異なる文明の人びととM&A交渉を行なっていることを十分に認識すべきである。

 時に、日本人の共同体志向はクライシスにあたって、クライシス対策よりも共同体組織の名誉を守ることが優先されがちであるため、これが海外M&Aのリスク要因となっていることを、日本企業は率直に認識することにより、海外M&A成功に役立てるべきであろう。


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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