久田 恵(ひさだ・めぐみ)さんの人生

久田 恵(ひさだ・めぐみ)さんの人生
 産経新聞17年5月27日
 久田恵(ひさだ・めぐみ)さん(69)は、室蘭市生まれ。現在はノンフィクション作家。「フィリピーナを愛した男たち」で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。
久田 恵(ひさだ・めぐみ)さんの人生
 産経新聞17年6月3日 「家族がいてもいなくても」 500回目
久田 恵(ひさだ・めぐみ)さんの人生
 産経新聞17年6月1日 500回記念インタビュー
久田 恵(ひさだ・めぐみ)さんの人生
 本津川の堰





 久田 恵(ひさだ・めぐみ)さんの人生

 
 久田恵さんの人生が面白い。直感と思い込みと、好き嫌いに彩られているが、数10年後にはそれらすべてがノンフィクション作家という仕事の肥やしになっている。

 産経新聞「家族がいてもいなくても」から、適宜抜粋してご紹介します。


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 NHKの朝の連続テレビ小説「ひよっこ」を欠かさず見ている。
 目下、放映中の昭和40年。私は高校生で、翌年に大学生(上智)になった。その3年後、学生運動に巻き込まれて大学を中退。家出を決行。生活のために働き始めたのが、ドラマの主人公と同じトランジスタ工場だった。

 若い女子工員がベルトコンベヤーの前に並んでラジオを組み立てている姿を見ると、当時を思い出し、胸がバクバクしてしまう。
 素手で自分の人生を切り開いて生きよう、と考えた私にとって、そこはまさに実人生のスタート地点だったから。

 働いた工場は家電大手の下請けの工場だったが、私はベルトコンベヤーのラインで、部品のハンダ付けをやっていた。

 でも、工場はドラマのようにのどかではなかった。コンベヤーの速度が、すぐ速くなる。息をつく暇もなく手を動かしていないと、目の前の部品がたまってしまう。まさにチャプリンのモダン・タイムスのような世界だった。

 当時は、仕事の欠陥をゼロにする「ZD運動」というのが導入されていて、「会社がつぶれたら、困るのは自分たちなんだから、欠陥ゼロに向かって必死で働こう」と、何かにつけて呼びかけていた。

 給料も低く、月末には銭湯代もなく、ろくなご飯も食べられず、独りぼっちだった。そして1年後に工場は倒産してしまった。

 短い期間だったが、この体験は、「私は自立の時を、たった1人で生き始めたんだ」という自信につながり、今も自分の人生を、深いところで支えている気がする。


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 転職人生を送ってきた。
 女子工員、ウェイトレス、人形劇役者、放送ライター、家庭教師、舞台衣装の縫子、キャバレーの衣装係、広告会社嘱託、放送ライター、サーカス団炊事係、女性誌ライター など…。

 1つの仕事では生計が成り立たないので、たいてい3つぐらいの仕事を一度にしていた。

 最終的には、取材をして原稿を書くノンフィクションライターになったが、それがやっと40歳ぐらいからである。
 なんでこんな落ち着きのない人生を、私は送ってきてしまったのだろうと思う。

 そもそも、私は好きで転職人生を送ったわけではなかった。「定収入、定収入…」とうわごとのように言って履歴書を書き、会社に就職したいと願っていた時期もあった。けれど、ことごとく落ちた。なぜ、面接を通過できなかったのか、今もよく分からない。

 当時は、物書きとして自立できるとは夢にも思っていなかったが、結果として、こういう雑多な体験が一番役に立つ仕事に就いた気がする。

 それは、私の人生に起きた奇跡のようなものなので、運がよかったということしかない。


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 ――トランジスタ工場で働き始めてノンフィクション作家になるまで波瀾万丈だ。

 「倒産とか給料の不払いとか、大抵ひどい目に遭って次の仕事を探すのよ。ミシンもかけられないのにキャバレーの衣装係になったり、怪しげな出版社で中小企業社長の一代記を書いたり。切羽詰まれば何でもできる。どんなことでも、後で役立つスキルになっていくと学んだかな」

 《その後、一緒に暮らし始めたのは、映画製作に没頭する無収入の青年。だが、久田さんが妊娠し…》
 「彼が『ぼく、お父さんになるから就職する』って。それで、別れたの」

 ――え、別れたの?

 「貧乏でも『映画を作りたい』って言うから頑張って稼いできたのに、なんでここで夢を捨てて安定なの?って納得できなかった。それで離婚して、また仕事を転々として、彼はその後、別の人と再婚し安定した穏やかな生活に。人って相手次第で変わる」

 ――ご自身はお子さん連れでサーカスの賄い係に。なぜサーカスに?

 「レイ・ブラッドベリーの小説にサーカスの話があって、ずっとあこがれていた。今考えるとめちゃくちゃだけど、その時々には理屈があるのよ」

 《1年のサーカス暮らしの後、子供の小学校入学を機に帰京。女性誌のライターに。生活に疲れていた久田さんは親と同居し、本格的に執筆を始める。だが、署名原稿を任されるようになった途端、母親が脳卒中で倒れ在宅介護が始まる》

 「女性は育児や介護で生きる環境が変わってしまう。私は介護や子育てで遠出の取材ができなくなり、1日現場に行って見たまま書くならできると思って、童話作家志望だったのがノンフィクションを書くようになった」


 「取材の現場には面白いことやびっくりすることがあるから、『びっくりした』と書く。どんな条件でも書いていけると思った」  


 (聞き手 佐藤好美さん)

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(感想・意見など)

 いくらポヤポヤしている男の人でも、父になると分かれば、自分の夢を脇に置いてでも、定収入を得るためきちんと働こうと思うだろう。 それが嫌だという。ましてや離婚までするとは…。その後、子連れでサーカス団で働こうという発想もぶっ飛んでいる。

 久田さんの場合、才能もあり、運もあり、ノンフィクション作家という天職を見つけて結果オーライだが、直感と思い込みと好き嫌いだけで生きて、あっちで頭を打ち、こっちで膝をすりむき、惨めな晩年をおくる人も多いと思われる。それこそ自己責任だが…。


以上



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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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