まとめ役はつらいよ

まとめ役はつらいよ
 朝日新聞17年6月17日
まとめ役はつらいよ
 高松市林町 真鍋家住宅
まとめ役はつらいよ
 三角屋根の〇〇地区コミュニティセンター。
 私には矛盾のかたまりに見える。
まとめ役はつらいよ
(じ)の人には、春祭、秋祭などの神事、普段の神社の清掃などもある。
まとめ役はつらいよ
 そのほか、水利組合や消防団などあれやこれやいっぱいある。
まとめ役はつらいよ
 いろいろなところでセミの抜け殻を見る。





  まとめ役はつらいよ


 昨日のブログで江戸時代の「時の鐘」について書いた。私は4月まで1年間120数戸の自治会長をした。いろいろ考えさせられることがあった。

 朝日新聞6月17日の「千葉真由美の村人の歴史学」を抜粋してご紹介します。


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  名主の日記

 どんな組織でも、まとめ役になれば苦労はつきものである。江戸時代の村のまとめ役といえば村役人、その代表は名主(なぬし)庄屋などと呼ばれる。

 彼らは領主支配の末端を担う立場であると同時に、村の代表として村を守る立場でもあった。多くの業務をこなす彼らには苦労や不満が尽きなかった。武蔵国多摩郡乞田村(こったむら:現・東京都多摩市)の名主茂兵衛(もへい)が記した、明和8(1771)年の日記から、その様子をみてみよう。

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 1月28日、村の各家の代表者が参加する「惣寄合(そうよりあい)」が行われた。乞田村は70軒ほどから成り、この日は、領主の御用の負担をどうするか、そして食料や種代の願い出についても話し合ったが、多くの村人が参加しなかった。

 2月8日の惣寄合では、奉公人の割り当てについて話し合ったが、この時も参加者は少なかった。

 惣寄合が行われたのは、この年10回ほど、日記には、このうち7回に「大分不参(だいぶふさん)」、すなわち多くの者が不参加と書かれている。茂兵衛の不満が書かれた書き方である。

 茂兵衛は、名主を補佐すべき4人の組頭(くみがしら)たちにも不満を持っていた。積極的に茂兵衛を助けようとする態度ではないと思っていたからである。

 7月9日、茂兵衛は風邪のため、組頭の誰かに夏の年貢を領主へ届けて欲しいと依頼したが、あれこれ理由をつけて誰も行こうとしない。茂兵衛は「これでは埒が明かない。途中で倒れてでも私が行くので、皆承知しておいてくれ」と言い放った。さすがにまずいと思ったのか、この時は組頭の1人が届けに行っている。

 9月1日、秋の年貢の割り付け作業などのため、組頭たちを呼び寄せた。しかし彼らの返答は「割り付け作業は茂兵衛にやってもらいたい」であった。茂兵衛は1人で作業を行った。

 9日後、「夕食の後に村役人寄合を開く」と組頭に知らせたが、なんと1人も来なかった。茂兵衛は苛立ちを隠せない。秋の年貢を領主へ届けて欲しいと言う茂兵衛に対し、(組頭たちは)誰も行けないと答え、結局、茂兵衛が届けている。帳簿を「自分1人で作成した」と日記に書いている日もある。

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 このような名主の日記は、各地に残されており、領主とのやりとりや村運営の様子、村の事件など様々な事柄が書かれている。

 ところで乞田村の組頭たちは、村運営に全く協力していないわけではなかった。茂兵衛に頼まれて願書を作成し、領主へ提出したりすることもあった。しかし、頻繁な寄合や事務作業、出張は面倒だと思っていたのかもしれない。

 村という共同体の中では、村人それぞれの考え方や利害関係もあっただろう。そんな村人たちの代表となって村運営を行い、不満を募らせることを繰り返す……。名主はなかなか大変なのである。  (茨木大准教授)


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(感想・意見など)

 江戸時代、乞田村の名主・茂兵衛は、恐らく、戸籍や税務、水利や神事など、私がしていた仕事の5倍ほどもしていたと思われる。上記は村の例であるが、町は町で町役人がいて、奉行所の監督の下、実務を担っていた。まとめ役がつらいのはいつの時代も同じである。

 
 私が自治会長をして非常に矛盾を感じたのは、報酬の件である。例えば高松市には小学校区を基本として、40数箇所のコミュニティ協議会がある。その拠点〇〇地区コミュニティセンターは、入って左が市役所の出張所、右がコミ協の事務所である。

 左の出張所には、常時4~5人がいて、たいてい暇そうにしている。市役所の正規職員なら@年間人件費は9百数十万円(平均42~3歳)である。右のコミセンは(ホームページを見たところ)職員で年間180万円程度(健保、厚生年金はあるようなので@年間人件費は230万円程度か)、日直者は時給800円弱である(会議・講習会など行事があるときは、コミセンは22時まで開いている)。

 右のコミセン事務所はほとんど常時なんやかやと人がいる。センター長やその補助者、日直者、傘下25の自治会長、各種団体責任者などなど。無給の人も多い。民生委員・児童委員は自治体によって異なるが、高松市で年間6万数千円が支払われると聞いた。交通費程度である。

 コミュニティセンターというそう大きくもない建物の中に、たいして仕事もしていないのに人件費1千万円超の人(出張所長)から、忙しくみんなのために立ち働いて全く無給の人までいる。無給の人には頭が下がると同時に、非常な矛盾を感じ続けている。そして傾向として、公務員の給与はここ数年微増ながら上がり続け、「自治」の美名のもとに後者のほとんど無給の人の仕事が増え続けていることである。


以上


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teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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