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故郷(ネパール)に学校を作る①

故郷(ネパール)に学校を作る
 日経新聞17年12月11日「人間発見」①
故郷(ネパール)に学校を作る
 日経新聞17年12月13日「人間発見」③
故郷(ネパール)に学校を作る
 県立図書館昼どきのロビー。多くの人が食事をしている。高松市中央図書館にはカフェがあるが、ここにはない。持参の弁当やコンビニで買ってきたものだと思われる。
故郷(ネパール)に学校を作る
 隣家の雑種犬。昔は必ずこのように塀越しに顔を出していたが、近ごろはおせ(四国の方言で大人)になったのでたまにしか顔出ししてくれない。私の家では昔は犬も猫も飼っていたが、病人がいると世話ができなくなり、厳禁した。その代わりよそのを可愛がっている。
故郷(ネパール)に学校を作る①
 近所の神社の猫たち。近ごろは口笛を吹くとミャアミャアなきながら寄ってくる。6匹までは確認している。





 故郷(ネパール)に学校を作る①


 日経新聞17年12月11日から14日までの「人間発見」欄、YouMeNepal代表理事 ライ・シャラドさんの活動を抜粋・編集してご紹介します。


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 子どもの貧困 救うのは教育
 私財投じ 母国の支援活動


 NPO法人「YouMeNepal」(夢ネパール、東京・渋谷)の代表理事を務めるライ・シャラドさん(30)は立命館アジア太平洋大学(APU。大分県別府市)に留学中の2011年、故郷ネパールのチェーマック村に学校を作った。社会人になってソフトバンクに勤める今も、故郷の子供たちに良質の教育を受けさせ、貧困から抜け出せるように支援活動を続けている


 チェーマック村はネパール東部、カトマンズから200キロ離れたエベレスト山の南側に位置する標高1800メートル、人口約3500人の村です。

 村の公立学校は、教員に意欲も能力もなく、非常にレベルが低い。高校に入れないと仕事がないので、中東やアジアで低賃金の重労働に就くしかありません。5人のいとこも全員が出稼ぎに行きました。村から働き盛りが消えました。

 貧困から抜け出すにはもっとレベルの高い学校が必要です。留学中にアルバイトでお金をため、周りの学生に500円、千円の寄付を募り、村人の支援も受けて、大学4年の時に30万円でわらぶき校舎の「夢学校」を作りました。

 徐々に理解も広がり、今では教員が14人、保育園3学年、小学校7学年の197人が学んでいます。日本人の寄付でコンクリートの校舎も完成し、授業はネパール語のほか、算数や科学は英語です。
 開校後にネパールと日本でNPOを設立しました。


 夢学校の規模は順調に拡大しているが、経営は火の車だ。

 最大の悩みは教員の人件費です。村には英語で教えられる人はいません。都市部から招くしかないのですが、相場の3倍を出さないと寒村に来てくれません。1カ月の経費は30万ネパールルピー(約30万円)。授業料や日本人里親と寄付会員50人の支援だけでは11万同ルピーがせいぜいで、日本で講演会や報告会を開き寄付を募ったり、私の貯金や給料から補填したりして、しのいでいます。数年後に高校進学実績が出るまで、今が一番大事な時期だと思っています。


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 首都のエリート校に進学
 教育が私の人生を変えた


 妹が5人、弟が1人の7人きょうだい。故郷の村には10歳まで暮らした。

 村では朝4時に起き、往復2時間かかる20リットルの水くみから一日が始まります。

 村の公立学校は小中学校が一緒です。
 3年生を終えた10歳の時に、首都カトマンズにある英イートン校の姉妹校に入学しました。1学年99人の少数精鋭教育。66人は王族やエリート層の子弟ですが、残りの33人は地域や民族のバランスを配慮して全国から選びます。国が学費から寮費、小遣いまで全額を支給し、英国式教育を徹底的にたたき込みます。全国33人の1人に選ばれ、私の人生に奇跡が起きました。

 当時、村からカトマンズまでは、3日間かけて3千メートル級の山を2つ徒歩で越え、さらに夜行バスに14時間乗る長旅です。99人の仲間と過ごした8年間は素晴らしい日々でした。

 この学校は、1960年代に当時の国王が故郷のリーダーを育成する学校を作りたいと英国政府に働きかけて誕生しました。その理念は素晴らしく、卒業生はオックスフォード大学やケンブリッジ大学など欧米の一流大学に進学しました。でも、彼らは欧米にとどまり帰国しないので、リーダー育成の願いはかないませんでした。


 2005年に初めて訪日したことが、日本留学を目指すきっかけになった

 生徒会長だったので、外務省の招待プログラムに参加できました。東京の街はきれいで、夜中でも若い女性が1人で歩いている。京都、広島、大阪と回り、広島の宮島で生まれて初めて海を見て、船に乗りました。

 どうして日本はこんなに発展できたのだろう。もともと関心はありましたが、ますます興味が湧きました。米国留学を考えていたのが、真剣に日本留学を目指すようになりました。

 (担当:横山晋一郎編集委員)


 つづく


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子ほか多数。

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