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陰徳を積む…ミンダナオ和平

陰徳を積む…ミンダナオ和平
 讀賣新聞18年9月24日1面
陰徳を積む…ミンダナオ和平
 讀賣新聞18年9月24日2面
陰徳を積む…ミンダナオ和平
 朝日新聞18年8月12日社説

 「日本にはすでに仲介の実績がある。11年、当時のアキノ大統領と武装組織の秘密会談を設定し、和平に道筋をつけた」
 「国際停戦監視団にも専門家を派遣し、経済開発や復興援助は15年ほど前から続けてきた。国際協力機構(JICA)は、武器を手放した兵士への農業技術研修なども手がけてきた」
 「政府とだけでなく、武装組織とも信頼関係を築いてきた意義は大きい。経験を糧に適切な支援を続け、日本のアジア外交における財産にしたい」

陰徳を積む…ミンダナオ和平
 四国新聞18年12月18日

 「中国が1978年に改革・開放政策に転換してから18日で40年。日本は79年に中国への政府開発援助(ODA)を始め、中国の経済発展を後押しした。日本の貢献はほとんど認識されないまま援助終了が決まったが、中国では日中関係改善を背景に、再評価の声も上がっている」

 「国際協力機構(JICA)によると、1999年度までのODAは、中国の国内総生産(GDP)を毎年0.84%押し上げる波及効果があった」
 「中国外務省は今年10月に国内報道機関向けの非公開会合を開き、日本の貢献を前向きに宣伝するよう指導した。『ありがとう、日本』と見出しにとり、『日本の供与額は約3兆6500億円に上った』と肯定的に伝える国内メディアもあった」
 「中国では反日感情に配慮し、日本の支援が強調されることはまれだった。中国の雑誌編集者は『多くの中国人にとって改革・開放への日本への貢献は初耳だ』と語る。異例の報道解禁には、米中関係が悪化する中で対日関係改善を急ぐ習近平指導部の思惑もある」

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陰徳を積む…ミンダナオ和平
 さくらももこさんの「ちびしかくちゃん」。「ちびまるこちゃん」のセルフパロディ漫画。「まるこちゃん」よりも〝何かと角が立つ〟「しかくちゃん」。「まるこちゃん」と違ってハッキリ言って面白くない。

陰徳を積む…ミンダナオ和平
 冬景色の香東川(こうとうがわ)





 陰徳を積む…ミンダナオ和平


 日本は宣伝べたである。また、日本のマスメディアは、いいことはほとんど取り上げず、揚げ足取りばかりしている。ほとんど知られていないが、日本は秘かに善行も行っている。

 もしかすると、50年近く武力紛争に悩んできたフィリピンのミンダナオ島に平和が訪れるかもしれない?

 前国際協力機構(JICA)理事長で政策研究大学院大学長の田中明彦さんが、讀賣新聞2018年9月24日にコラムを寄せている。抜粋してご紹介します。


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 ミンダナオ和平
 紛争終結 対テロの試金石


 フィリピンで7月末、画期的な法律が成立した。「バンサモロ組織法」である。同国南部ミンダナオ島のイスラム教徒が多数住む地域に、高度な自治権を持つ地方政府を設立することが柱だ。

 画期的なのは、この法律によって、50年近く武力紛争に悩んできた「バンサモロ(モロの人びと・土地)に、ようやく永続的な平和をもたらす礎を作り出すことができるかもしれないからである。

 日本の安全保障にとって喫緊の課題は、眼前の問題としては北朝鮮の核兵器・ミサイル開発であり、長期的には中国の軍備増強である。しかし、「インド太平洋地域」でテロリストの根拠地を減らし、不安定性を除去することも、重要な課題である。

 その意味ではミンダナオにおける武力紛争が終息し、平和が訪れることは極めて大きな試金石となる。1990年代にカンボジア内戦が終結して以来、東南アジアに残る数少ない紛争地の一つがミンダナオだったからである。


 ミンダナオ島には14世紀ごろからイスラム教徒が増えた。そこへスペインと米国による植民地化でキリスト教徒が入植した。数々の紛争が起きたが、フィリピン独立時にその一部となった。独立後も対立は解消せず、1969年に武装組織「モロ民族解放戦線(MNLF)が武装闘争を開始。これを制圧しようとする政府との間で本格的な紛争が始まった。

 以後、和平への試みは何度も繰り返されたが、武装勢力間の衝突やフィリピン政府の方針転換もあり、平和はなかなか定着しなかった。2014年になってようやく武装勢力の中心的組織となった「モロ・イスラム解放戦線(MILF)とフィリピン政府との間で「バンサロモ包括和平合意」が締結され、平和への希望が見えてきた。


 日本の支援 安定に不可欠


 この紛争に関して国際社会が無関心だったわけではない。困難なミンダナオ和平がここまで進むには国際社会の関与もまた重要であったし、実は日本も大きな役割を果たしてきた

 国際社会の関与は、2001年にフィリピン政府とMILFの間で「トリポリ協定」が結ばれて本格化した。翌年、小泉首相はフィリピンを訪れ、和平プロセスへの日本の支援を表明した。

 06年にフィリピンを訪れた麻生首相は、さらなる支援パッケージと、ミンダナオ国際監視団(IMT)に文民を派遣する方針を表明した。以後、IMTに国際協力機構(JICA)の職員が継続的に派遣され、MILF指導部との間で信頼関係を築いてきた。

 同年に安倍首相がフィリピン訪問時に、支援策「日本バンサモロ復興開発イニシアティブ(J-BIRD)」を発表し、以後、この事業をJICAが実施してきた。

 だが、09年にふたたび対立が激化した。収拾のために「国際コンタクト・グループ」が設立され、フィリピン政府とMILFの交渉にオブザーバーとして参加することになった。日本はこれにも加わった。

 10年夏、大統領に就任したベニグノ・アキノ氏は、和平プロセス促進に意欲をみせ、トップ会談による和平実現を図った。11年夏、フィリピン政府とMILF双方から日本政府に要請があり、成田空港付近でアキノ氏とムラドMILF議長の秘密会談が実現した。後にアキノ氏は、この会談をきっかけに和平プロセスが進み始めたと評価した。

 両当事者が秘密会談の場所の斡旋をあえて日本政府に依頼したのは、日本の支援を両者が高く評価していたからだろう。


 12年4月にJICA理事長に就任した私は、和平プロセスの促進に本気で取り組む意志を伝えようと考えた。ミンダナオのMILF根拠地「キャンプ・ダラパナン」を訪れた。そこで、J-BIRDプロジェクトの着実な実施を申し出るとともに、和平が達成されればさらなる支援も可能だと語った。この時、アキノ氏へのMILF幹部の期待が極めて高いことがわかり、マニラに戻って大統領に先方の期待が大きいことを伝え、和平への尽力をお願いした。

 今回のバンサモロ組織法の成立によって、自治政府設立への動きがいよいよ本格化する。来年1月21日にバンサモロ自治区の範囲を決める住民投票が行われ、引き続き「移行政府」が設置される見通しだ。そして22年の総選挙実施を経て本格的な地方政府が設立される予定である。

 再び戦争が起きるかもしれないという懸念が生まれるようなら、過激派の勢力がまたしても増大してしまう可能性もある。

 紛争地帯だったミンダナオはフィリピンの中でも特に開発の遅れた地域だ。日本政府とJICAは、フィリピン政府と緊密に調整しつつ、日本の持ち味である現地ニーズに合致した、きめ細かな支援を全力で継続してほしいものである。


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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