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IT戦略本部の内情



  IT戦略本部の内情

IT戦略本部の内情
 日経新聞2019年10月24日「私の履歴書」はIJJ会長・鈴木幸一さん。

IT戦略本部の内情
 週刊東洋経済2019年8月24日

 自動車業界は百年に1度の変革期といわれている。CASEの時代がやってきた。(Connected)(Autonomus自動運転)(Sharedシェアリング)(Electric電動化)である。

 先日のニュースでは、2003年7月にイーロン・マスクが設立したテスラモーターズが企業価値でGMを追い抜いたという。トヨタの豊田章男社長は、トヨタのすべてを見直して改革しようとしている

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 日経新聞2019年5月19日 イオン社長 岡田元也氏

 「革新、日本ではらちあかぬ」

 「イオンにとってのデジタルの中核拠点を中国に置く。ここで先端技術を開発して日本の事業にも導入する」
 「日本でやっても、らちがあかない。世界で最もイノベーションが起こっているところにいないとだめだ。優秀なIT人材もそこで集める。米国のAI関連のスタートアップに出資したのも同じ理由だ」

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 日経ビジネス2019年10月14日 ファーストリテイリング会長兼社長・柳井 正氏

 「最悪ですから、日本は。この30年間、世界は急速に成長しています。日本は世界の最先端の国から、もう中位の国になっています」「国民の所得は伸びず、企業もまだ製造業が優先でしょう。IOTとかAI、ロボティックスが重要だと言っていても、本格的に取り組む企業はほとんどありません

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 日経ビジネス2019年10月7日号 ソフトバンクグル-プ会長兼社長 孫 正義氏

 ――日本の現状をどう見ていますか?

 「非常にまずい。一番の問題は、戦前戦後や幕末に比べて起業家精神が薄れてしまっていることです。『小さくても美しければいい』と言い出したら事業は終わり。縮小均衡というのは縮小しかないのです」
 「背景には、教育や思想的な問題があると思います。…日本経済はこの30年間、ほぼ成長ゼロです

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 日経ビジネス2019年10月7日号 日本電産会長CEO 永守 重信氏

 人づくりからやり直そう

 京都学園大学(4月に京都先端科学大学に改称)に私財100億円以上を投じて改革を始めた


 (⇒ こうして見ると、創業家、創業者ばかりである。いろいろな妥協を重ねながら這い上げってきたサラリーマン社長にはできないことかもしれない

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 日経ビジネス2019年10月7日 売上高は1990年まで右肩上がりであったが、その後30年間ほぼ横ばい

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 日経ビジネス2019年10月7日 研究開発費は①アメリカ右肩上がり、②中国急伸、③日本以下ほぼ横ばい

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 日経ビジネス2019年10月7日 GDP長期予測は①②アメリカ・中国、③インド、④位日本以下その他大勢

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IT戦略本部の内情
 『忘れられた日本人』 宮本常一(つねいち) (岩波文庫)

 対馬・伊奈村の「寄りあい」について

 「村のとりきめをおこなう場合には、みんな納得いくまで何日でもはなしあう
 「対馬ではどの村にも帳箱があり、その申し合わせ覚え(二百年以上前のものも)が入っていた。こうして村の伝承に支えられながら自治が成り立っていたのである」…This is Japan!?




 2019年10月の日経新聞「私の履歴書」インターネットイニシアチブ(IIJ)会長の鈴木 幸一さん。日本のインターネット事業の草分けである。10月24日は「IT戦略本部」について書いている。その会議の仕方がいかにも日本的時間ばかりかけて、予定調和の結論で終わる。しかし、世界は急激に変化している。今のままでは日本は確実に世界に後れをとる。抜粋してご紹介します(強調は引用者による)。


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 IT戦略本部
 メガバンク会長に猛反論
 予定調和の結論、性に合わず


 少し前まではインターネットに無関心だった日本の社会だが、20世紀の終盤を迎え、米国でヤフーなどのネット企業が脚光を浴び始めると、日本でも遅ればせながらネットブームが巻き起こった。

 ネットの熱気は政治の世界にも波及し、2000年に発足した森喜朗内閣は「e‐Japan戦略」を打ち出し、ITやネットの振興を政権の基盤に据えるに至った。

 わたしにも声がかかり、政府のIT戦略本部の民間委員に名を連ねることになった。この組織は小泉内閣にも引き継がれ、私は05年5月に委員を退くまで、ほぼ毎月のように首相官邸で開かれる会議に出席した。IIJ設立時に郵政省の無理解に苦しんだ私が、政府の中枢である首相官邸に通うことになった
 
 メンバーには首相や関係省庁の大臣のほか、経団連の副会長の方々、通信業界からは宮津純一郎NTT社長らがいた。当時の日本にはITを産業ととらえる視点がなかった。 その中で首相の発案によって、ITやインターネットの国家戦略をつくる場が整えられたのは大きな進歩だったと思う。

 ただ、実際の会議はお世辞にも活発とはいえなかった。この種の会議の常かもしれないが、各官庁や会社の事務方が用意したペーパーを読み上げるだけの建前論が延々と続く。互いの意見が衝突することもなく、常に予定調和の結論に落ち着くのだ。

 その中で危機感を持って、いつも本音で話そうとする私は、場をわきまえない存在だった。メガバンクの会長が「日本のITの遅れは政府の規制と通信料金の高さが原因」と発言したときには、猛烈に腹が立った。

 日本の遅れは規制や料金以前の問題。(みなさんのような)経営者がITやネットについて無知で、海外企業に比べIT投資が極端に少ないのが悪い」と反論すると、先方も怒った

 翌日、その銀行からIIJに連絡があり、「おたくとの通信契約をすべて打ち切る」という。「大銀行が大人げない」と苦笑するしかなかった。さらに数日後、その場にいた宮沢喜一財務相から達筆の手紙を頂いた。「ああいう会議で民間企業の努力不足が原因という発言は新鮮だった。ぜひ一度話を聞かせてほしい」とあった。

 今から思えば、事前のシナリオ通りに進む会議が私の性に合うはずもない。IT戦略本部の経験は貴重だったが、その後は審議会の委員などはできる限り遠慮している。


 日本とはひと味違う米国の底力を実感したのもこの頃だ。01年9月11日の米同時テロの直後に、米政府の高官から私の携帯電話に突然、着信があったテロで通信にも影響が出ている。欧州やアジア向けの通信をIIJ経由で回せないか」という要請だった。「できる限り協力する」と約束し電話を切ったが、その人が、なぜ私の携帯番号を知っていたのかは今も謎だ。

 その後もニューヨークのダウンタウンで辛うじて生き残ったIIJの通信拠点に対する非常用電源の提供など、米当局からありとあらゆる便宜を図ってもらった平時の米国は動きが遅くイライラすることも多いが、危機対応は見事国家の威信にかけて、通信は途絶させないという強い意志がそこにあった


以上


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プロフィール

teccyan88

Author:teccyan88
団塊の世代(♂)。うどん県高松市生まれ。大学は京都。20数年の会社員生活(四国各地・東京・広島・福岡勤務、主として経営管理・企画畑を歩む)の後、早期退職しUターン。専門学校(3年)ののち自営業。
趣味:読書、水泳、水中ウォーキング。
尊敬する人(敬称略):空海、緒方洪庵、勝海舟、大久保利通、司馬遼太郎、盛田昭夫、小倉昌男、佐々木常夫、西原理恵子、足立康史、竜崎伸也ほか多数。

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